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「思ってた映画じゃなかった」こそを楽しみたい

「思ってた映画じゃなかった」
映画の感想やなんかで批判的意見の人からよく耳にする意見。

僕も映画が好きなんですけど、
この「思ってたんと違う」ときにすごく感動するんです。
まぁこんなもんだろうな…と思っていた作品が、
存外びっくりするほど面白かったり。
「なんかこんな感じのジャンル映画っしょ」と思ってたら
「えええ?!何何!そっちか!笑」とか、結構好きで。

映画を見漁り始めて十何年(他の人に比べたら大したことないかもだけど)
段々「こういう感じだろう、こうなるだろう」というデータが頭の中に蓄積していくもので。
そうすると、結構よくできた作品のはずなんだけど、「まぁこんな感じだよな」なんて生意気な感想を抱いたりしちゃう。

そんなときに予想外のところから素晴らしい作品に出会ったり、
はたまた「え!?そういう映画!?なんじゃそら笑笑」なものに出会ったりする。
新たな発見だ。面白い出会いがあったぞ。
何か自分の中でキャパが拡がるような感覚。
これがなんともたまらないんです。

じゃあ「なんか思ってたのと違ったねー…」は悪いことなのか?

割とまじめに考えてみた。なんでそう思うんだろう?
それは、そもそも映画との付き合い方が違うんですよね。

カレーが大好きな人は、いろんなスパイスカレーのお店に足しげく通う。
あそこは具がゴロゴロしてて旨い!
あそこはなんと真っ黒の旨味カレーらしい!
辛さの中にもしっかりとスパイスが効いてる!
みたいな。そもそもカレーを食べる母数が多いし。
その中にいろんな体験や刺激を求めてる。

じゃあそうじゃない人がカレーを食べたいとき。
「カレーっていったらこんな感じ」というのがあって
「今日はカレーが食べたい」から食べるんですよね。

そう考えてみると、
そんなときに「え、なんか緑色だ。なんか甘いな。思ってたのと違うな。」
と思うのは無理もないなぁと思い至った。

泣ける映画が見たい。
つまり、映画体験というより「映画観て泣く」がやりたいんだ!
なるほど!スッキリした!!

でも、それをわかった上で!
悪くないもんですよ。「思ってたのと違った」を楽しむのって。
映画評論もやるラッパー・RHYMESTERの宇多丸さんは、映画を友人に喩えました。

「金も持ってて女にもモテて、めちゃくちゃ仕事もできる完璧なやつより
待ち合わせには遅れてくるし、だらしないし、仕方ねぇなこいつってやつなんだけど、なんか憎めないってやつの方が友達だったりする
映画も完璧ならそりゃあ素晴らしいけど、
そうじゃない映画に愛おしさを見出したりする。
そういうのを見つけるのが楽しい。」(超うろ覚え引用…)

的な事をおっしゃっていました。
じゃあ映画の思ってたのと違うも、逆に人間とか日々の生活にも言えるんじゃない?と思うわけです。

友達とか恋人とかの初めて見る一面にガッカリするより
「そういうところもあるのか。」「これって私くらいしか見れない一面なんじゃない?」
と面白がったり喜んだりすることが出来たらいいよなぁと思ったりします。

まぁとはいえ事と次第、程度はあるけども。映画も一緒で。
合わないのもあるし!人も映画も全然あるし!笑

″思ってたのと違う″
数年前の自分じゃ思いもしなかった目標や楽しみが見つかるかもしれない。
そういう、嬉しい「思ってたのと違う」を見つける練習も映画はさせてくれているのかもしれません。

映画館って、本当にいいものですね。


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