清潔さ、を重んじる
喧嘩をしたときに、しかめつらで、ふてくされる女の子。あれはなかなか可愛い。
当事者としてその状況に身を置いたことはないけれど、女友達から彼との諍いの話を聞くとき、映画やドラマの一悶着のシーン、飲食店で修羅場に出くわしたときなんかに、わたしは膨れる女の子たちの様子を、ほとんど愛玩動物に向けるような気持ちで微笑ましく眺める。
ただ、そんなときに、
「もういいよ!」
という発言が力強くされて、
「好きにすればいいじゃん!」
などが続くとなると、ちょっと違う。
あいにく、その発言は全然可愛くないし、いくら女の子だろうと許しがたいのだ。
わたしは生きていく上で「清潔さ」というのを1つ大切にしている。
それはたとえば、こういったものたち。
食器を洗う、という行為。
さらさらとつめたい手触りのワンピース。
ありがとうや嬉しいなどの、そのときの心に添った言葉。
信念を持つ人(頑固でなく柔軟であると、なおよい)。
悲しいとき、悔しいとき、などの負の感情から流れる涙。
清潔、という言葉そのままに綺麗な状態のものを指しもするが、純度の高いものや、明瞭さ、素直さ、適切さをも、わたしは「清潔」に感じる。
逆に好まないのは「不潔さ」なのだが、それはたとえば、こういったものたち。
公衆の場の、床や地面。
鞄やポーチの中身が入り乱れていること。
意味のない嘘と、嫌味。
信念を持たず、流行りに乗るだけの人。
この後の食事も、この後に観る映画も、本気で「なんでもいい」と思っている人。
やはりこちらも、言葉そのままの状態を指しもするが、不純さ、無頓着さ、狡猾さ、ひねくれを「不潔」に思う。
閑話休題。
喧嘩をしたときに、しかめつらで、ふてくされる女の子について、その様子までは可愛いにせよ、勢い余って「もういい」や「好きにすれば」の発言までいくのは、どうかと思うのだ。
(本気でそう思っていて、颯爽とその場から立ち去り、その後も2度と姿を現さないような、スーパークールな女ならば問題ない)
問題なのは、
本心ではないことを告げることであり、向き合うことを拒む態度であり、さらに言えばそんな発言と態度で相手の気を引こうというのが、無茶だ。相手を絶望させるし、疲弊させるし、お互いの心に対してあんまりにも不純だ。
ただどうしても「好きにすればいい」と言ってしまいたくて、あるいは感情的になって抑えられずに言ってしまったのなら、そのあとにこう付け加えるといい。
「今のは、冗談。本当は全然そう思ってないから、本気にしないで」
そう言ってくれたほうがずっと素直で、可愛い。清潔さだ、と思う。清潔で、真剣なさまが、いじらしい。
(もちろんこれは、男性にも該当する。かつて、当時の交際相手が一度「もういいよ、好きにしなよ」を言ったとき、わたしはたちまち悲しくなった。「本当にもういいの?本当に好きにしていいの?それは本心なの?本当に好きにしてしまえば、あなたもわたしも悲しむと思う」と静かに伝えた。交際相手は「いや、本心じゃない」と苦い顔で言って、わたしたちは話し合いを再開した)
ところで、幸い滅多にないことないのだが、わたしが感情的に余裕がなくなったとき、すぐさま連絡を取る男友達がいる。
冷静で、論理的で、分析能力に長けていて、後天的にコミュニケーション術を徹底して学んだ、わたしの友人らの中でも強烈に勉強熱心な1人だ。
電話口でまず彼に伝えるのは『目的』だ。
ただわたしはすっかり心を乱してしまっているので、少し早口で、ときにしどろもどろに、それを告げる。
「あのね、今から3分ほど、話を聞いてもらいたいの。それで聞き終えたら『梨香子は悪くない!大丈夫!』って言ってほしいのよ」
それを聞いた男友達は、
そういうのには慣れた様子で笑い、
「おう、わかった」と言う。
そうしてわたしは、今心を乱している原因となること(その時々によって違う。浴びせられた汚い言葉や感情だったり、ぶしつけだと感じる他人のコミュニケーション、ショックを受けた出来事)を縷々として語る。
3分後、男友達は
「なるほどね…」
と頷いてから、
「梨香子は悪くない!大丈夫だ!」
とからりと響くような明るさで、約束通りの言葉をくれる。
わたしの心は見事に癒えていく。ただそれを言ってもらいたかっただけなのだから、本当に簡単に、安心する。
その男友達とは一度電話をすれば、大体1時間か2時間くらい、その後も会話がはずむのだが、電話の最後、わたしはおそらく毎回、この人の存在に感じ入って、
「本当に、あなたがいてよかった」
と心を込めて伝える。
すると男友達は鷹揚に笑い、
「それはよかった」とか
「お役に立てて光栄だよ」とか
「本当だよね、僕ってすごい」とかの、どれかを言うのだ。
どうしてほしいか、は誤魔化さずに伝えてしまった方がいい。伝えれば、それはちゃんと返ってくる。きっと、思っているよりもシンプルに。
清潔さ、を重んじると、人生は楽に、楽しくなる。
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