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美しき鬼教官

大学の担当教官は、女性だった。女性研究者というだけでもめずらしいのに、年齢は当時30代とかなり若い。

このマユズミ先生(仮名)は、セミロングの黒い髪と雪のように白い肌を持ち、なかなか綺麗な人だったと思う。研究室を選択した理由に「担当教官が綺麗な人だから」というのがまったくなかったとは言い切れない。お恥ずかしい。

彼女は非常に熱心な研究者であった。ゆえに学生への指導も熱が入っており、僕もビシバシやられたものだ。


特に思い出深いのは、僕がまだ研究室に所属したばかりの頃。同じくマユズミ先生の下についた友人(過去の記事にも登場する、noteでの通称「バツ丸」)とともに、大学の講義が終わったら研究室に行くというのが決まりになっていた。

しかし、我らは20代前半のうら若き青年。大学生という自由の翼を広げ、ろくに研究室へ行かず好き勝手遊び倒したい放題をしていた。まったく、よくもプロフィールの性格欄に「真面目」と書けたものだよ。

研究室に来ない学生2人。これに対し、熱血最強マユズミ先生が何もしないわけがない。

とある日の午後、3限目の講義を終えた僕は、今日もバツ丸の家へ遊びに行くつもりだった。バツ丸のPSPで『ペルソナ3』の続きをするためだ。「PSPなら本体ごと借りて自分の部屋でやればいいのに」というごもっともな疑問は、この際置いておく。

すると、僕の携帯電話が鳴った。画面を見ると、発信者が「マユズミ」と表示されている。この時点でお察しである。

僕はおそるおそる通話ボタンを押し、携帯電話を耳にあてた。


「どこにいるの?」


淡々とした、それでいて確実に怒りが伝わってくるような重ための声が、小さなスピーカーの向こう側から聴こえた。
やばい。マユズミ先生、めっちゃおこだ。


「あ、いや、今日の講義が終わったところなので、これから帰ろうかと・・・」

「帰る?あなた、研究室はどうしたの?」

「えっと・・・」

「私言ったよね?講義が終わったら研究室に来るように、って」

「はい・・・」


マユズミ先生は、頭ごなしに怒鳴り散らすバーサーカータイプの鬼教官ではなく、ド正論で確実に急所を突き刺していくアサシンタイプの鬼教官だった。完全に非はこちらにあるためどんどん追い込まれ、逃げ場がなくなる。これはこれで精神的ダメージがすごい。まぁ、バーサーカーも嫌なんだけれど。

こっぴどくお説教を受けた僕は、マユズミ先生からとの通話を終えるや否や、光の速さでバツ丸に電話した。そして、彼に向かってエマージェンシーコールを発動した。「今、家にいるのか!?そこは危険だ!今すぐ研究室に行け!」と。

研究室でバツ丸と合流し、二人でマユズミ先生の部屋に直行する。その後、正論という鞭でビッシバシにしばかれたのは言うまでもない。

その後、僕ら二人にはコアタイム(フレックスタイムみたいなもの)が設けられ、「何時から何時までは研究室で研究活動をする」ということを義務付けられた。


そんな絶対無敵マユズミ先生だが、決して冷酷無比な人ではない。お茶目なところもあるし、学生たちで集まって彼女の誕生日パーティーを開けば満面の笑みで喜んでくれる、とても素敵な先生だ。

僕らが卒業するときも、一人ひとりと最後の面談をしてはなむけの言葉を贈ってくれた。

「アルロンくんは、少し頭が固いところがありますね。いろいろなことに触れて、視野を広くしていくといいでしょう。でも、今どきの若い人にはめずらしいくらい誠実だから、そこは大切にしていってくださいね」

“飴と鞭”の飴ってやつか。僕はマユズミ先生との思い出を振り返り、自分の目頭が熱くなるのを感じた。感極まって目を擦ろうとしたとき、マユズミ先生は笑顔で最後の一言を放った。

「そして、人生の伴侶が見つかることを心から願っています」

溢れかけていた涙が引っ込んだ。
マユズミ先生、余計なお世話です。


なんと アルロンが おきあがり サポートを してほしそうに こちらをみている! サポートを してあげますか?