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大学1年目の僕に必要だったのはケンシロウだった

かつて暮らしていた大学の寮は、それはそれはボロボロだった。

おまけに、4年生は神、1年生は奴隷、などと謳った落書きまである。でもまぁ、そんなバンカラな体育会系のノリなんて昭和で終わっているさ。平成もハタチを過ぎた頃だ、まさか1年生が奴隷なんてねぇ。

まさか、ねぇ・・・



20XX年、世界は4年生の炎に包まれた。海は枯れ、地は裂け、全ての1年生は死滅したかのように見えた。だが、1年生は死滅していなかった。


大学一年目の4月某日、夜の8時頃に自室でのんびりしていると、館内放送がかかった。

\ピンポンパンポン/

「3階の1年生の皆様、3階の1年生の皆様、玄関ロビーまでお集まりください」


ついに来てしまった。噂の『4年生会』だ。

説明しよう!『4年生会』とは、寮の4年生が集まって行う飲み会のことで、主に玄関ロビーの応接セットで開催されるものを指す!そしてこの飲み会では、各階の1年生が次々と呼び出され、4年生の機嫌を損ねた者はその場で処刑されるという、原哲夫もびっくりの弱肉強食の世界なのである!まさに世紀末!21世紀は始まったばかりだというのに!

ひえええええ、呼び出されたら何をされるかわからない。僕はミスミのじいさんのように脅え、狼狽え、恐れおののいた。無いはずの種もみを必死に守ろうとあたふたしていると、コンコンとノック音が聞こえた。

「今、放送かかったけど、どうする・・・?」

同じ階の1年生、つまり同期が、おそるおそる尋ねた。3階の1年生は10人くらいいたはずだが、どうやら今は我々2人しかいないようだ。くそ、いなかった奴ら覚えとけよ。

だが今は薄情な同期たちを恨んでいる暇はない。自分の大学生活、ひいては命がかかっている状況だ。やってきたのがケンシロウならよかったのだが、ミスミのじいさんが増えただけだ。ミスミのじいさんが2人になったところで、何の救いにもならない。みすみす蹂躙されるだけだ。ミスミだけに。いかんいかん、こんなことを考えている場合ではない。

とりあえず、様子を見ようか・・・と思ったそのとき。

\ピンポンパンポン/

「3階の1年生の皆様、3階の1年生の皆様、玄関ロビーまで大至急お集まりください」


ぎょえええええ!


お怒りじゃ!神々がお怒りじゃ!
神の怒りに触れた僕らは、否応なしに階段を下りていった。



玄関ロビーにやってくると、すでに神の逆鱗に触れた1年生が、酒臭い神に凄まれていた。見ていられない。

しかし、彼に同情している場合ではない。僕らの姿を見た別の神が、タバコを咥えながら、

「おい、なんで最初の放送で来なかったんだよ?」

と声を荒げる。

ず、ずびばべん・・・!
「すみません」もまともに言えないくらい、ミスミのじいさん(18)は、恐怖ですくみ上がっていた。怖い。怖すぎる。一体何をされるのだろう。体に7つの傷をつけられるのか?それとも火炎放射器で消毒か?怖すぎておしっこちびりそう。
もうとにかく逃げ出したかった。本家のミスミのじいさんは「今日よりも明日なのじゃ」という名言を残したが、今だけは撤回してほしい。明日よりも今日!今が大事!僕はなんとしてもこの場を立ち去りたいのだ!

おしっこをちびるかちびらないかの瀬戸際で、咥えタバコの神が「まぁいいや」とつぶやき、僕らの目の前にずいと立ちはだかった。
そして、口から煙を吐きながら、僕に一言。


「俺の名前を言ってみろ」


ジャギだ。ここにジャギがいる。仮面こそつけていないが、自分の名前を言わせるのはジャギくらいのものだ。変質者みたいに自分の体を見せつけることはしていないが、このふてぶてしさと邪悪さはまさにジャギ。ジャギを知らない人は、『北斗の拳』5巻を読もう。

しかし、僕の目の前にいるこの神、もといジャギの本名など知る由もない。隣のミスミのじいさん(19)も同じらしい。当然だ。たった今、初めてお目にかかったのだから。心の中では「いや知らんがな、お前誰やねん」と似非関西弁でツッコんでいるが、そんなことは口が裂けても言えない。

しどろもどろになっていると、一部始終を聞いていたほかの神が、紙コップに酒を注ぎだした。

「はい、言えなかったからイッキね」

パワハラとアルハラのハイブリッドだ。略して「パワアルハラ」である。いや、そんなことどうでもいい。僕らはまだ10代だぞ。お酒飲んじゃいけないんだぞ。

「すみません・・・僕、お酒飲めないんです・・・」

ダメ元で僕は声を絞り出した。そもそも10代だから飲酒はご法度なのだが、それだけで許される環境ではないことはわかっている。だから、ドクターストップがかかっていると嘘をついたのだ。結果、幸いにもお酒のイッキは免れた。”お酒”のイッキは。

「じゃあ、お前の年齢は?」

不意に質問された。僕は思わず「18です」と答える。
ん?どうして年齢?ていうか、それ本来はアルコールを飲ませる前に聞くべきでは?

すると、パワアルハラの神は、別の紙コップにレモンスカッシュを注ぎ出した。そして、徐に山椒のビンを手に取り、紙コップの中に年の数だけ山椒を振った。

「はいこれ」

何が「はいこれ」なのだろう。僕の震える手には、レモンスカッシュ(山椒18振り)が握られている。どうやら、これをイッキ飲みするしかない模様。は?山椒18振り?は?????

まったく意味がわからないが、もう飲むしかない。これを飲んでどうにか許してもらい、一刻も早く部屋に戻ろう。落書きだらけで牢獄のような自室が、このときばかりは天国のように思えた。

「いただきまーす!」

高らかに声を上げ、渡された液体を口に流し込む。

すると、レモンスカッシュのレの字も感じないまま、山椒の辛味が喉に突き刺さった。「かっはあっ!」とむせ込み、悶える。まるで、アリエッティサイズのモーニングスターで喉をぶん殴られたような激痛だ。
しかし、ここで挨拶を欠かしてはいけない。「ごちそうさまでした」まで言わなくては。

「コ・・・」

声が出ない。山椒モーニングスターの威力が強すぎて、僕の声帯がイカれてしまったようだ。苦しい。息をするのもしんどいくらい苦しい。もう僕はしゃべったり歌ったりすることができないのか。もっとカラオケ行っとけばよかった。いや、むしろカラオケは大学生活の醍醐味だったはずだ。なぜこんなことに。

声が出ないことをジェスチャーで伝えると、神々から自室に戻る許可が下りた。僕らはようやく解放され、3階へ戻った。



満身創痍の体を引きずり、半分ほふく前進のように階段を上がる。

もう一人のミスミのじいさんが、僕に水を恵んでくれた。ありがてぇ。ちなみに、僕が断った紙コップの酒は、彼が飲んでくれた。

水のおかげか、一生出ないと思われた僕の声は、カッスカスではあったものの話せるまでに回復した。もう声までミスミのじいさんだ。

どうにかして自室に辿り着いた僕は、息絶えたように布団に倒れ込んだ。


こうして、僕は寮の洗礼を受けたのである。

もしも今、目の前に当時の神々が現れたら、「貴様らには地獄すら生ぬるい」と啖呵を切る・・・こともできず、またミスミのじいさんのように脅え、狼狽え、恐れおののくだけなのだろう。




※ちなみに、この悪しき風習は翌年から廃止されたので、今は健全な学生寮です。ご安心を。


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