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先生のランニングマンは下手くそだったけれど

「ボクも参加したいんだけど、良いかな?」

知り合いの中学教師が、宴席で僕に言った。



役場で働いていた頃、公務とは別に、年に一度の重要な使命があった。
ダンスだ。

3月上旬に開かれる地域のイベント(公民館祭りみたいなもの)で、「役場の若い人たちでなにか出し物してくれない?」と主催者側からオファーがあったのがきっかけ。僕が入職する前年度に始まり、以降は恒例となっていた。
出し物自体はなんでも良かったのだが、僕が大学時代にダンスサークル所属だったから、なにより僕自身がやりたかったから、ダンスに決まった。

4年目にもなると、それまで「役場若手有志 様」だった依頼文書の宛名が「○○課(当時の僕の所属部署) アルロン 様」になり、主催団体のマダムから「今年もダンス期待してるよ!」とありがたい応援をいただいたものである。あと、なぜか知らんが2年目あたりから出番が大トリになっていた。
同時に、一緒に踊ってくれるメンバーがなかなか見つからず、僕を含めて3人しかいない状況でもあった。

そんな折、とある会合で知り合った中学教師が、冒頭の言葉をくれたのである。僕はヘッドバンキングするように首を縦に振り快諾した。


日吉先生(仮名)は、僕より3つ年上で、実兄よりお兄ちゃんみたいな人だった。一緒に飲みに行ったり、日吉先生の家(教員住宅)に招かれたりと、公私ともにお世話になった。
人当たりが良く、陽キャ寄りの彼。ダンスのメンバーに加入し、他2人と顔合わせをしたときも、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。


日吉先生が加入し、4人体制となった我らがチーム。曲は2つ。『恋愛レボリューション21』(モーニング娘。)と『R.Y.U.S.E.I.』(三代目JSB)だ。『R.Y.U.S.E.I.』は当時の流行りだったが、『恋愛レボリューション21』は完全に僕と日吉先生の趣味だった。

4人という人数は少々もの足りないが、「踊る方も観る方も楽しく」がモットーなのでこれで良い。実際、練習の時間は楽しく、休憩中に「『おそ松さん』の中で誰推しか」など他愛のない話で盛り上がった日もあった。というか、大して練習せずほぼ雑談だけで終わった日が多かった気もする。ちなみに、僕はカラ松と十四松が好きです。

ところで、『R.Y.U.S.E.I.』というとランニングマン(振り付けの名前)が有名だ。サビが終わった後の間奏部分で踊る、ウサイン・ボルトみたいに指を差しながら両脚をタッタカタッタカやるやつ。

あれ、意外と難しいんだよ。

一応僕は経験者なのでそれなりにできたのだが、他の3人はなかなかコツを掴めず苦戦していた。こと日吉先生は、どうやらダンスは得手ではなかったらしく、最後まで上手にできていなかった。まぁ、観客も素人だし、そのほとんどが地域のお年寄りなので、上手か下手かよりも「よくわからないけれどすごい」が勝つだろうから問題ない。


本番まであと一週間くらいになった頃だったろうか。練習も大詰めを迎えたある日、日吉先生がおもむろに切り出した。

「実は、今回このダンスに参加させてもらったのは、ボクのクラスのある生徒のためなんだ。その子は3年生でもう卒業するんだけれど、ずっと不登校で。学校の行事にもほとんど出ていないんだよね。だから、最後になにか思い出を作ってあげたいと思ったんだ」

僕はずっと引っかかっていた。
なぜ、日吉先生は僕ら役場職員の出し物に参加しようと思ったのだろうか。
なぜ、日吉先生は苦手なダンスに挑戦したのだろうか。
なぜ、日吉先生はこんなに一生懸命踊るのだろうか。
その謎が、すっと解けた。

そうだよ、だって日吉“先生”だもん。
がんばっている姿を生徒に見せるのは、教師として素晴らしいことじゃないか。

「もしかしたらその子は当日来ないかもしれない。でも、『先生がんばるから、良かったら観においで』と伝えたんだ」

日吉先生の告白を聞いた僕らは、より一層このダンスステージを成功させようと意気込んだ。


本番当日。

緊張しいの僕は、例によって本番直前にぶるぶる震えて落ち着かなかったが、ステージに出てしまえばこっちのもの。練習の成果を出し切り、見事パフォーマンスは大盛況に終わった。

出番が終わり、いそいそと帰り支度をしていると、日吉先生の姿がない。ジジババでごった返す公民館を見回すと、いた、会場の入り口付近で誰かと話している。40代くらいの女性と、その娘と思われる10代半ばの少女。三人とも笑顔だ。

日吉先生が戻ってきて、報告してくれた。

「前に話した子、来てくれたよ! お母さんも一緒に観てくれて、二人ともすごく喜んでたよ!」

その顔は、親子に負けないくらいキラキラの笑顔だった。


僕らはダンスで生計を立てているわけではない。ただのボランティアで、素人だ。失礼だけれど、特に日吉先生のランニングマンは下手くそで、目も当てられない。

でも、あの下手くそなランニングマンを披露した先生が、どんなプロダンサーでも敵わない最高のパフォーマーだったのは確かだ。




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