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大玉転がられ競走

小学2年の甥(姉の長男)は、今日が運動会らしい。彼は俊足らしいのでさぞかし楽しみにしていることと思うが、一方で彼の叔父は運動音痴でその名を馳せている。故に、運動会で活躍したためしがない。
徒競走は基本ビリ。そのくせクラス対抗リレーでは、スプリンター揃いの自分のクラスがぶっちぎりの一位を取ったときには、自分の足の遅さを棚に上げドヤ顔で喜んでいた。虎の威を借る狐もいいところである。

運動音痴の人間は、得てして運動会や体育祭の類が嫌いである。そして「足が速い=モテる」の方程式が成立する小学校時代において、運動ができないというのはヒエラルキーの底辺を意味する。6年もの間、塗炭の苦しみを味わい、辛酸を嘗め、泥を啜って生きていくことになるのだ。もはや何味かわからない。

そんなわけで運動会の思い出は、苦くて辛くて酸っぱくてしょっぱい、つまり不味いものが多い。



小学2年の運動会といえば、『大玉転がし競走』が印象的だった。男女二人ペアになり、自分たちの体の倍以上もある大玉を転がすリレーだ。
背の小さいペアから走る本競技において、スーパーおチビちゃんだった僕は第一走者。パートナーは、同じクラスのクニミちゃん(仮名)。勝気な性格で、背の低さを補って余りある負けず嫌いを持つ、非常にパワフルな子だった。

位置について、よーい、パァンの合図で、各組一斉にスタート。
クニミちゃんのスタートダッシュで、我が組はいきなり首位に躍り出た。
クニミちゃんのパワフルなつっぱりが残りの三組を突き放し、大玉をあれよあれよと前に進める。
我が組は一位独走。
クニミちゃんがほぼ一人で大玉を転がしている。
アルロンは、アルロンは何をしている。
アルロンはついていくのに精いっぱいだ。

しかし、アルロンだってがんばっている。そして一丁前に「僕も転がしたい」と、違うベクトルに闘志を燃やした。

なんとかクニミちゃんの右側をキープしつつ、彼女のサポートに入る。クニミちゃんよ、君がどんなに優秀な大玉転がしストであろうとも、この競技はペアで走るものだ。君一人では大玉バトンを繋ぐことはできないのであるからして、パートナーであるこの僕が君を勝利に導いて差し上げよう。

アルロンは、両手を大玉に伸ばした。


ここで、簡単な物理の授業です。
クニミちゃんによって高速回転している大玉に、スーパーおチビちゃんのアルロンが触れるとどうなるでしょうか。

そうですね。アルロンは、大玉の回転に巻き込まれますね


クマさんやゾウさんが玉乗り曲芸を披露しているのを、テレビで観たことがある。しかし、サーカスの猛獣使いに調教されていないスーパーおチビちゃんは、一瞬にして大玉の上を超過し、気がついたときにはその下敷きになっていた。

そして、思い出してほしい。「我が組は首位を独走していた」ということを。
トラック上を走る大玉は、急に曲がれない。つまり、前方を走っていた人間がつまずいたとて、後続3組の大玉がそれを避けることは不可能なのである。大玉3玉および男女二人ペア3組は、うつ伏せになったアルロンの上を走り去っていった。平成で五本の指に入る大事故である。

阿鼻叫喚のアルロンは、すがる思いでクニミに目をやった。しかし、パートナーの脱落程度で動じるクニミではない。試合に勝って勝負に勝つのがクニミ流。その小さな体のどこからパワーが出ているのかわからないくらい見事なつっぱりで、圧倒的首位を保ったまま大玉バトンを繋いだ。

残り3組の大玉の後を泣きながら追いかけるアルロン。やっとのことでリレーゾーンに到着するや否や、クニミの胸ぐらを掴み、「なんで一人で行っちゃったんだよぉ!!!」と涙まみれでキレる。怒るとこ、そこ?

奇跡的にすり傷程度のケガで済んだのは、不幸中の幸いだった。しかし、四半世紀以上が経った今でも、心の傷はまだかさぶたにすらなっていない。
この「大玉転がられ競走」の一部始終は我が家のホームビデオにばっちり収録されているので、心の傷が癒えることは一生ないのだろう。




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