ソーシャリー・ヒットマン外伝6「蒼き決意、黒き運命」
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俺は根来内 弾。殺し屋だ。
殺し屋といっても、人を殺めるなんてマネはしないのさ。
俺が殺めるのは……そうだな、「社会的地位」とでも言っておこうか。
俺は仕事柄いろいろな人間を見てきたが、今回ばかりはさすがに参った。目の前に座っている蒼木という男。こいつがもう一人の俺だなんて。
左肩の大きな銃傷。かつて相棒の裏切りによって刻まれた、根来内 弾たらしめる証だ。
「うそだろ……お前は……俺、なのか……?」
狼狽える俺の目の前で、もう一人の俺、蒼木がおもむろに話し出した。
「厳密には、少し違うがな。別の世界、別の次元、別の時間軸にいた根来内 弾だ。愛殺文の影響で歪んだ時空の渦に吸い込まれ、気がつけばこの世界、この次元、この時間軸にいたのだ。“似て非なる同一人物”とでも言うかね。時間軸で言えば、今より35年ほど先にいたようだ」
「35年……」
「この世界に来る前の俺は、すでにソーシャリー・ヒットマンではなかった。新卒でワールド・ブルー株式会社に就職し、事務部、秘書室、おやすみ部、いらっしゃいませ部レジ袋ご利用になります課などを経て、常務取締役となった。この世界に来てからは、ある人の計らいで正体を隠し、お先します部の蒼木部長として生きている」
「一つ聞きたいんだが……お前と俺が出会ったことで、その……タイムパラドックスみたいなのが起きたりしないのか?」
「先ほども言ったが、俺はこことは別の世界、別の次元、別の時間軸にいた。よって、タイムパラドックスのようなことは起きない。ただ……」
「ただ?」
「今いるこの世界が最も核となる世界らしい。ということは、この世界に元々いる君が、すべての根来内 弾の生みの親なのだ」
「……うーん?」
「つまり、俺がいなくなっても君に影響はないが、君がいなくなると俺を含むすべての世界の根来内 弾がなかったことになる」
整理してみよう。
蒼木=別の世界の根来内 弾(56歳)は、元々ワールド・ブルー社の人間だったと。
元いた世界で愛殺文が発動されたことにより、時空が歪んだと。
そして別の世界、別の次元、別の時間軸であるこの世界に流れ着いてしまったと。
この世界に来てからは、正体を隠し、ワールド・ブルー社お先します部の蒼木部長として生きていると。
この世界は最も核となる世界なので、俺がいなくなれば蒼木もいなくなってしまうと。
なるほど、わからん。
「混乱するのも無理はない。が、事態が悪化している以上、説明しなければならなかった。ひとまず、君は安全なところへ避難してくれ」
そう言うと、蒼木は腕時計に目をやった。そして今度は少し早口で話し出した。
「時間がないので、簡潔に話す。俺にはやらなければならないことがある。愛殺文を生み出した反乱分子を見つけ、壊滅させる。そのためには、君に生きていてもらわなくてはならない。しかし、悲しいかな、今は内部崩壊の危機にある。蒼社長の孫・マイトンと我が部下・蒼林とが対立してしまっているのだ。俺はまずこれを止め、はよ開けんかい委員会を再構築しなくてはならない」
もはやなに言ってるかわからん。が、蒼木は緊迫した様子だ。
「ここまで巻き込んでしまって本当にすまなかった。俺はもう行かなくては。蒼林がマイトンに宣戦布告したらしくてな。部下の失態は、上司である俺の責任じゃあないか?」
蒼木はニヤリとしながら、コーヒー代をテーブルに置いた。そして、マスターに「小花くん、ご馳走様! ちょっと火急の用ができたから、先に失礼するよ」と告げ、「喫茶 花」を後にした。
あー……頭が痛い。一体なにがなんだか……。
頭を抱えていると、小花さんが優しく語りかけてくれた。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「あ、はい、だいじょぶです……」
「コーヒー、冷めちゃいましたね。温かいの、お持ちしますね。サービスするので!」
気遣いのできる素敵な女性だ。結婚してくれ。
「あ、ありがとうございます……ブラックでいいです……」
「ふふ、かしこまりました! ……あら?」
小花さんは、窓を見つめている。同じ方向に目をやると、外に1匹の猫がいた。
全身真っ黒で、ヒゲがピンとしていて、心なしか目つきが鋭いように見える。
「あの子、この前うちの店にやってきたネコちゃんなんですよ。まだ飼い主さんのところに戻っていないのかな」
心配そうに話す小花さん。野良猫の心配までするとは、なんてお優しい。結婚してくれ。
「あ! こっちに来た!」
窓のすぐ外側まで黒猫が近づいてきた。
「ふにゃ!」
鳴いた。黒猫が鳴いた。
「にゃにゃ!」
立った。黒猫が立った。
「んにゃ?」
寝た。黒猫が寝た。
その首には、いかにも近未来的な首輪が。
あれは、まさか……
「……そういうことか」
思わず不敵な笑みがこぼれた。なんとも数奇な運命じゃあないか。
小花さんは不思議そうに黒猫を見つめている。その横顔も素敵だ。結婚してくれ。
……いや、その前に為すべきことを為さねば。
「もう行きます。ごちそうさまでした」
「あら、おかわりは……」
「また来ます」
言葉少なに言い放ち、俺は駆け出した。扉の音にビビった黒猫は、ワールド・ブルー本社ビルの方向へ逃げていった。
しかし、あの首輪をしている限り、俺からは逃げられん。
「やっと見つけたぞ……! あいつは、ワールド・ブルーにいる!」
社会的殺し屋・根来内 弾。
彼の追いかける黒猫は、一体なに者、いやなに猫なのか。
(続く?)
【参考記事】
↓マイトンVS蒼林
↓黒猫
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