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運動苦手ボーイが体育の模範演武をした話

義務教育で体育が苦手だった者が、高校に入ってから急に得意になるなんてことがあるだろうか。いや、ない。
少なくとも、僕は例外ではなかったようだ。

走るのも投げるのも跳ぶのも苦手で、その上体格は細身で小柄。バスケットボールなどやろうものなら、冗談抜きで自分がいない方がマシだった。
中学・高校と部活動でやっていたのでバドミントンの授業だけは水を得た魚のように暴れまわっていたが、それ以外は死んだ魚の目をしていたと思う。

そんな僕が体育の授業で模範演武をすることになろうとは、誰が予想できただろうか。



高校2年のとある冬の日だった。
僕はクラスの男子生徒らとともに、体育の授業へ向かった。この日は体育館を素通りし、廊下の突き当りを左折した。

辿り着いたのは、武道場だった。というのも、その日の体育は柔道の授業だったからだ。
一方、女子生徒は体育館で創作ダンスの授業だ。なにそれ、絶対そっちの方が面白そうじゃん。汗臭い道着でばったんばったんとなぎ倒される未来しか見えない柔道は、どう考えても好きになれる気がしない。体格に左右されず、かつ自由な発想でクリエイティブに動く創作ダンスの方が、僕向きなのは明らかだった。

それに、武道場は冷え切っている。真冬の北海道では暖房がなければ生きていけないと誰でも知っているはずなのに、なぜ本校の武道場はこんなにも寒いのか。断熱材を過信しているとしか思えない。建築の知識は皆無だが、断熱材だけで凌げるほど蝦夷の大地は優しくないのだよ。一刻も早く最新の暖房機器を設置したまえ。わかったかね、校長?

そんなことを考えたり考えなかったりしつつ、凍えながら道着に着替えた。


柔道の授業が始まった。

先生の簡単な説明を聞き、まずは受身(後受身)の練習をした。
お尻から座るように後ろに倒れ、背中が着いたタイミングで両手を床にバーン!と打ちつける。
俯瞰で見るといかにもシュールな光景なのだろうが、授業なので一生懸命やった。

続いて、大外刈の練習。
二人一組となって(先生は体格が近い者同士でやらせたので、コミュ障が相手探しに神経をすり減らす必要はなかった)互いに向き合い、仕掛ける側が自分の片脚を相手の両脚に引っ掛けるようにして回し、その勢いで相手を倒す。
受ける側は、先ほど練習した後受身をとる。

僕はというと、受身はそこそこだったが、大外刈がなかなかうまくできない。脚の長さは関係ないとしても、どういう動きで大きく外に刈るのか今一つ感覚をつかめなかったのは事実だ。授業を始める前から知ってはいたが、僕に柔道の才能はない。この授業があと数回行われると思うと、テンションが下がった。


しかし、ある程度練習したあとに先生が放った一言が、僕の柔道ライフを少しだけ変化させることになる。

先生は、二人の生徒を呼び、模擬演武をさせた。
一人は、同じバドミントン部の池照(仮名)。そしてもう一人は、あろうことかこの僕だった。

なぜ、僕なのか。

ちなみに、池照は僕よりもずっと背が高く、体格もがっしりしていた。とても体格が近いとはいえない。そのことも、いよいよ自分が選ばれた理由をわからなくさせた。

ただ、池照に大外刈をかけられた直後、武道場の天井を見つめながら僕は自分が模範演武に選ばれた理由に気づいた。


「あ、受身の方ね」


先ほど「僕に柔道の才能はない」と述べたが、撤回する。
「僕に後受身以外の柔道の才能はない」が正解だ。

武道場には、僕がバーン!と叩きつけた音だけが響き、その後にはもれなく他の男子生徒のクスクス笑いが聞こえた。
なすがままに倒され受身をとる僕の姿は、さぞかし滑稽だったろう。頭の中で少し、いやかなり先生を恨みながら、虚無顔の僕は武道場の床を叩き続けた。


柔道が嫌いだった者が、受身の模範演武をきっかけに好きになるなんてことがあるだろうか。いや、ない。




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