いつの間にか父の一人称が「俺」に変わっていた
日本語というものは、実に奥が深い。
たとえば、一人称。
僕、私、俺、儂、アタシ、あたい、自分、おいら、オラ、ワイ、おいどん、わ、本官、拙者、我輩、某、朕、余、小生、妾、思いつくものだけでも枚挙にいとまがない。
一つひとつに【shift+ctrl+|】を押してルビを振るのも一苦労である。ぜひとも褒めちぎっていただきたい。
これが、英語だと「I」という一文字だけで完結するわけなのだから、両言語のお国柄も垣間見える。なんとも興味深いではないか。
一人称と言うと、子を持つ親御さんなんかは「お父さん/お母さん」だったり「パパ/ママ」だったりすることも多いだろう。
「お父さんが子どもの頃はな、お菓子なんかなかったから水あめを食べていたんだぞ」とか「あらやだ、お母さん賞味期限切れのマヨネーズかけちゃったわ」とか、我が家でもこのようなフレーズがよく飛び交っている。
ただ、あるときを境に、内容を一部変更してお送りするようになった。
父の一人称が、「お父さん」から「俺」に変わったのだ。
厳密には、元々「俺」がスタンダードで、僕ら子の前では「お父さん」だったのが、オール「俺」に統一された。
明確な時期は覚えていない。しかし、脳内ビデオを巻き戻ししてみると、思い当たるタイミングがあった。
就職だ。僕が社会人になってから、父は自分のことを「お父さん」と呼ばなくなった気がする。
思うに、父は僕のことを一人の人間として認めてくれたのではないだろうか。
学生まではまだまだ子どもだが、就職して社会に出ればもう一人前だと、そういう意図があったのかもしれない。
如何せん一人前の社会人には至っていないが、「守るべき子」としてではなく「対等な人間」として接してくれるようになった気がして、僕は嬉しく思う。
ちなみに、母はいまだに「お母さん」である。
もっと言うと、伯母(母の姉)も「お母さん」である。
ということは、この二人が会話すると「お母さん」しか登場しないことがある。
母「お母さん、あれ欲しいんだよね」
伯母「あ、お母さんそれ前にもらったやつ余ってるよ」
母「ほんと?じゃあお母さんお金払うから分けてくれる?」
伯母「いいよいいよ、お母さんもらったやつだからお金いらないよ」
混乱すること必須である。
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