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言葉が太陽のように

5月のマルセイユの空に、太陽が輝いている。その光をサーキットが力強く跳ね返し、上をレーシングカーが高速で走る。ピットでは、メカニック(整備士)がモニターでタイムを確認する。僕は通訳士としてその背中を眺め、ドライバーの帰りを待つ。1周2分17秒。コーナーを回り、ドライバーがピット前のストレートに帰ってきた。身体が震えるほどの大きな音とともに、クルマは僕の前を駆け抜ける。

20周のテスト走行を終え、ドライバーがピットに戻ってくる。ドアを開け、メカニックがドライバーに話しかけるその時からが、僕の出番だ。イタリア語のような発音を持つメカニックの英語を聞き取り、日本語に置き換えて伝える。それに対してドライバーが日本語で応答するのを、英語に置き換えてメカニックに伝える。聞き慣れない専門用語を、予習した内容と頭のなかで瞬時に照らし合わせながら、言葉をつないでいく。

「わたしたちの想定よりもタイムが遅い」メカニックがドライバーに言う。「もっとタイムを上げられるか?」と問いかけると、ドライバーは「可能です」と答えた。日本のモータースポーツ界で実績を残しながら、長年の目標だったヨーロッパでのレースに初めて挑むドライバー。そのドライバーに0.001秒でも良いタイムで走ってほしいとクルマを調整するイタリア人のメカニック。両者の想いが、言語の壁を境目にぶつかり合う。僕はその境界線にたち、言葉のあいだに溢れる想いを汲み取りながら、最適な単語に選んで通訳する。

人生ではじめての同時通訳。オファーが決まったのは、5月頭に大学1年生の最初の学期が終わってからすぐのことだった。進学のために英語は勉強したものの、通訳の経験もモータースポーツの知識もない。

1月にニューヨークに来て、僕も外国語として英語を話す苦労を味わった。クラスメイトやルームメイトとの会話がなんだかぎこちない。自然とリラックスして言葉を紡ごうとするときに限って、英語が出てこない。友達が話しかけてくれた英語を、聞き違えてしまう。これまで当たり前のようにできていた会話ができない。

しかしだからこそ、日常の一つひとつのささいな瞬間で、言葉を通じて相手とつながることができたとき、そこに喜びを見つけられるようになった。前は難しくて注文できなかったサラダバーで、自分が好きな具材とドレッシングを英語で選んで注文できたとき。いつもよく行くカフェの店員さんと、他愛もない会話ができるようになったとき。初めて大学の友達を誘って食事にでかけたとき。自分の想いが、言葉を通じて相手に伝わり、相手の想いもまた言葉を通じて自分に伝わってくる。言葉で表現するからこそ、想いが形をもって相手に手渡せるようになる。通訳として同行すれば、この素晴らしさを誰かと共有できるかもしれないとおもった。

通訳の役割は、話者の言語の違いを橋渡しすることである。しかしそれは、常に話者を助けるとは限らないと気づいた瞬間がある。テスト走行を終えたドライバーが、サーキットで親友のドライバーと会話しているのを通訳したときのことだった。彼らはお互い話す言葉が違うが、そのあいだに深い友情がある。知っている限りの英語で一生懸命話すドライバーと、それに丁寧にゆっくり英語で話す親友との会話には、通訳は必要ないとすぐに気づいた。もちろん、認識の齟齬が生まれるときもある。しかし、認識の齟齬を紐解きあいながら会話を前に進めようという想いも彼らにはあるのだ。彼らにとって言語の違いは、円滑なコミュニケーションを阻む障壁ではなく、お互いの友情を深める熱源なのだと考えて、僕はその場を離れた。

2人を残して屋外に出ると、太陽の光が僕の身体を焼き付けた。天体としての輪郭を持ちつつも、エネルギーを無数の方向に向かって解き放つ太陽に形はない。言葉もきっとそうなのだろうかと想像する。話者の想いを言葉に込めて形にするが、その想いはときに言葉の枠をはみ出して、形のない大きなエネルギーの塊として聞き手のもとに手渡される。

テスト走行を終え、レース本番をむかえた。舞台はフランス・ルマンのサルトサーキット。モータースポーツの世界三大レースのひとつ「ルマン24時間」が開かれるのに合わせて開催されるサポートレースに出場する。サーキットには、ルマン24時間や他のレースに出場するドライバーとメカニックが大勢集まり、それぞれのテントでレースに向けてクルマの準備をしている。さまざまな言語が飛び交うその空間は、「サルトサーキットで少しでも速く、遠くまで走りたい」という想いを場の全員が共有し、強烈なエネルギーが集まっているように感じた。

サーキットの手前まで同行し、レースに向かうドライバーとメカニックを見送る。僕はスタンドでレースを見て、ドライバーが戻ってくるのを待つ。 40台のクルマが順位を競い合っている。直線で加速し、見事なブレーキとアクセルのペダルワークでコーナーを鮮やかに曲がっていく。ドライバーの走行技術、メカニックの技術力、路面のコンディションなどの運が合わさって生まれるパフォーマンスだ。この日が実現するまでのコミュニケーションの過程を想うと、レースを見るだけで胸が熱くなる。数日前まで雨の予報だったが、サルトサーキットの空を見上げると、太陽がさんさんと輝いていた。


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