掌編「蒼い箱とスズメさん」
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星語《ホシガタ》掌編集*3葉目
(2031字/読み切り)
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小さな蒼い箱に、白いリボン。暗闇の中、ポツン。ボクは"サミシイ"の箱。
それにしてもここはどこだろう。寒いなぁ。どうやらどこかのお屋敷の窓辺、作りもののとげとげの木の途中に、ひっかかってるみたいだ。
そうだ、ボクはプレゼントのカタチをしてるだけの小さな飾りモノ。明日は昔のエライ人が生まれた、お祭りの日なんだって。
イエスだかノーだか忘れたけど、たしかそんな名前の人。まぁどうだっていいけど。
ボクは"サミシイ"のぎゅうぎゅう詰め。この蒼い箱として生まれた時から、ずっとずっとこんなだ。慣れてしまった。
どうやらこの世界の、どこかの誰かが、捨てていった"サミシイ"。
ボクがサミシイでいっぱいに満たされてる時、捨てていったどこかの誰かは幸せであったかくって”ウレシイ”で満たされてるんだって。
ふぅん、そうかい。どうだっていいや、ボクは慣れてる。
「こんこんこんイブですよぉ!」かわいいあの子が窓の外。
窓の外、たまにちいさなスズメが遊びに来る。ボクは何しに来たの?と冷たく返す。
だってボクが満たされちゃったら"サミシイ"の箱の役割を果たせなくなる。まったくめんどくせぇ。
「蒼い箱さん、朗報です」
「"サミシイポイント"が1万ポイント貯まりましたぁ!」
………?
なんだそれ…?外は雪が降り始めたみたいだった。青く遠く沈む町並。
「ポイントを引き換えて、"サミシイ"箱係を誰かと交替することもできますよぉ!」
考えたこともなかった…。代われるヤツだったんだこれ。しかしなんかもうボクは元々こういうモンだって思ってたから…。
「ポイントの使い方、他のは何かないの?」漠然と問い返す。
「ありますよぉ!」
スズメさんがだしてきたチラシの概要はこうだった。
1万ポイント「サミシイ箱交替券」
8千ポイント「一日外出券」
5千ポイント「ハワイごっこ券」
4千ポイント「好きなコとチューする券」
2千ポイント「牛丼5杯無料券」
なんだこの世俗的な展開は、冒頭で雰囲気出したのがアホみたいじゃないか。
「これは例えば2千のやつを5回使うとかいうのも出来るの?」
スズメさんは嬉しそうに「できますよぉ!」
このラインナップならフツーは一万のやつをみんな選ぶんだろうなぁ…。
「1万のやつは、選べばテキトーなヤツに代わってもらえんの?」
「指名しないとダメですね…」ちゅん…とうつむく。ちょっと可愛いなと思ってしまう。
代わらせるヤツを思いつかない。そして冒頭から何度も言ってるようにボクは"サミシイ"には慣れていた。
少し考えてボクは
「スズメさんと二回チューして牛丼でいいかな」「ボクのこと気にかけてくれるのキミだけだったから」
となげやりに言ってしまった。
スズメは、しばらくぽかんとして、ぽかんとして、急に真っ赤っかになった。
「あの…あの…あの…」
「それでは…たたた、大変お得なコースが…」
「ござござ、ございます…」
ほう…。
「まず…ハワイごっこ券を…使って…」
ほほう…。
「高飛びするところからです!」
スズメさんはバァンと窓をギャング映画よろしく叩きわって、くちばしで俺を窓辺からかっさらった。
「ハワイごっこ券の期限は半日…!それを2回使います…!それまでの間に時空の扉をぶっちぎれれば………逃げ…切れる…!」
雪に沈む街並みが、剛速球で後ろに逃げて飛んでいく。
≪come on Aloha `oe~!≫
スズメさんの号令ととも、景色が、気温が、本をめくるみたいにがらりと変化した。極彩色、碧い海、輝く南国、ぽっかり浮かぶ翠玉の島。ここはハワイ。南風切り裂いて飛ぶ。
「スズメさん…?」
「わたし、わたし、ずっと蒼い箱さんのこと…気になってて…!」スズメさんの顔が赤いのが、熱で伝わってくる。ボクがいる場所が、くちばしの先だから…。
「…ボクもだ」箱の一部が桃色になってしまった。生まれてずっと蒼い箱だったんだけども。
スズメさんはぎゅんぎゅん飛ばす。南のヤシ、めくるめく青、仰ぐパノラマ。眼前は、もう”ハワイごっこのセカイ”とかいうののはじっこの、お盆の上の海がざぁざぁこぼれて落ちる、世界の終り、宇宙の始まりの地点だった。
「ここからが正念場です…!」こいつははやぶさかなんかなのか、ほんとにスズメか?そうかこれが”恋”の魔力か。
両想いを乗せ、星々を切り割いて暖かい風。時空のうんたらに間に合うかどうかわからない。でもボクの中、初めて"ウレシイ"が満たされた。
ふぅんこんななんだ「うれしい」こーゆーのがウレシイってヤツか。すげぇな、こんないいモノだったのか、みんなもこんなだったらいいのにな。
スズメさんと蒼い箱は、飛んでった。時空を超え、着いた先、チューをまずは2回。
*。
——地球のどこか反対側、風邪っぴきの物書きが1人「今年のイブは最悪だなぁ…」へーくしょん!と真っ黒に焦げたさんまを落としそうになりながら、鼻を垂らした。
「なんだこりゃ、やたらサミシイな…」
数か月後、何故か物書きの家に、10杯分の牛丼の誤配達があったとか、なかったとか。
-了‐
書きおろし。メリークリスマス!
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