掌編「朱の空の碧い錆」
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星語《ホシガタ》掌編集*4葉目
(950字/読み切り)
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わたしは草ボウボウの石畳、曲がりくねった路地のそのまた小径を急いでいた。
(”開始時間”はいつだったっけ…)
わたしは故郷での演奏会で出演しなくてはならなかった。足を速めるたび、からからと乾いた音が大きな黒い鞄から響いた。
そういえばわたしは何の楽器を演奏するんだっけ…。
顔がない子どもが通せんぼしてこういった。
「ここから先は、”切符”がいるよ」
切符…。あてずっぽうで、コートのポケットをさぐると、空色の林檎がころり。渡してみると子どもは、顔に林檎をはめ、口だけでニィと笑って通してくれた。
(会場はどこだっけ…)
ふと気づくとかつての親友が空き地に止まったバスに乗り込む後姿、追うようにそのままわたしも乗り込んだ。
”親友”はわたしの存在に気づいたのか、わざと、という感じで、一番後ろの一人がけの席に座った。
(そんなに避けなくてもいいのに…)
わたしは、言葉を堪えて、通路を挟んだもう一つの一人がけの席へおさまった。よく見たら他にも土くれで出来た”乗客”が数人、前の方に座っていた。
シートや足元、あちこちから草がちくちくと刺しているのに、乗客は誰一人として気にしていないようだった。
”親友”は大仰な黒いケースから一輪の白い花を取り出し、悠々と吹き始めた。楽器の風貌に似合わず、太鼓の音色だった。そうだった、ここが演奏会の会場だった。辺りをよくよく見渡すと、バスというより、タイヤの抜けたスクラップだった。
演奏会はもう始まっていて、わたしは慌てて鞄を開けた。中にはヘンなカタチのラッパが一本。これだろうか?迷ってる暇はなかった。急がなくてはならない、とりあえず周りの演奏に合わせ、音合わせもしないまま、吹いてみた。
バチバチと爆ぜるような調子外れの不協和音。一瞬、”乗客”の空気がピリ…と刺した。
どうしよう、やっぱりチューニングしないと…。もう一度軽く吹いてみた。今度は何故だかごぼごぼと水沫《みなわ》の湧く音が響いた。
いつから、わたしは”ここ”に居たんだっけ…。
そうだ、わたしが、居たところは、故郷でも小径でも、草藪の中、空き地のスクラップの車内でもなかった。
わたしの周囲を、海面に手を伸ばすよう、無数の泡《あぶく》が包んで上る。
親友はもういない。わたしはひとり、海の底で溺れ続ける、錆びた一本のねじだった。
*了*
夢を文字起こししたもの。書きおろし。
(c)mamisuke-ueki/2018
今朝の夢が印象的だったので、文字起こししてみました。状況を伝える箇所を少し加筆して、物語風にしていますが、だいたいこんな感じでした。嫌な夢でした!