童話ー隣人は風見どりー
私は、この小さな街で一番大事に作られた。
沢山の願いが詰まった温かな身体に生まれた私は、誰に教わるでもなく、人の願いを聞き届ける魔法が使えた。
それは、人の願い事を直接叶えてあげられない代わりに、叶えるために手助けができるものだった。
例えば、失せ物を探している者には、それを思い出すきっかけを与えた。豊作を望む者には、作物の芽に大きく実るよう語りかけた。平和を望む者には、空に穏やかな天気が続くよう願った。
私が立っているこの教会には、様々な願いが一番多く集まった。
時代の流れとともに願い事は多種多様だった。
でも、いつだって変わらないのは「海が荒れませんように。」という願い事だった。
海が隣にあるこの街には、海によって繁栄したが、海に悩まされた街でもあったからだ。
私はその願いを聞く度に、空に、風に、太陽に語りかけ、どうかこの願いが叶いますように、と願った。
ある時、隣に新しい家が建った。
青い屋根の可愛い家だ。屋根のてっぺんには、ぴかぴかな黒い鉄の風見どりが取り付けられた。
朝には朝日が当たってキラキラと眩しく光り、夜には海の波が月光で優しく煌めくように光った。
その風見どりから、君は現れた。
どの家の風見どりも、同じように色々なものに擬態して現れるが、私と同じ人間として現れるものは少なかった。大抵は鳥やねこ、うさぎなど動物だった。全く何も擬態しない普通の風見どりも多かった。
この街にいる私を作った鍛冶屋のおじいさんは、他の誰かが作ったものよりしっかりしつつ繊細に作っており、私のように人間となって現れることが多かった。
だから、この人間に擬態した風見どりも、私と同じようにおじいさんに作られたのだろうと推測できた。
私と違うところといえば、君の性格にあった。
君は思ったよりも真面目で、生まれた時から兵隊の様に屋根の上で、その家の住人が無事に過ごせる様に祈っていた。
私は時にしっかりと願い事を聞くこともあれば、上の空の時もある。
隣同士だからか、私は君の願い事が強く感じられた。強く願うほど、君の身体は錆びついて脆くなっていった。
そこの家に住む住人が、いつしか結婚して子供が産まれたとき、君は誰よりも喜んでいた。
僕は人間のあらゆる願い事を聞いてきたが、君の様に真っ直ぐな願い事は、あまりなかった。
純粋で強い願いは、あたたかく、優しい気持ちにさせてくれた。しかし、私の両手から君の思いがこぼれ落ちるほどだったので、少し困った。
私はこの願い事をどうにかして、いつか君に返さなせればならなかった。
でも、私はそこの家の家族は、他の人たちと同じ人間にしか見えなかった。だから、どう君に返したら良いのかとても悩んだ。
どう、叶えてあげたら良いのかとても迷った。ーーー私らしくもない。
ある時、大きな嵐が来た。
風もビュービューと強く、遠くから雨の匂いがして空気が湿気ている。
君は屋根の上から遠くの海の向こうを心配そうに見つめていた。私は、君の家の人がこんな危険な日に帰ってこなくてもいいのに、と心の底で思った。でも、帰ってきている途中なら仕方無いか、とも思った。
私は色々考えてからハッとして、君の願い事を叶えるに近い状態にできるかもしれないと思いついた。
今まで荒れた海には空や海に語りかけることしかできなかったが、この鬱蒼とした空をパッと晴れさせることができるかもしれないと考えたーーーー天空を切り裂く、一本の矢を使って。
荒れ狂う高波が街を襲っている。
まだ君の家の人は、屋根の上からも見えないほど遠くの船に乗っていたのが、私には分かった。
遠く見えないところで、君が大切に想う人が船と一緒に波に飲まれない様に、私は
今までの君の想いを一本の矢に変えて、黒い雲が広がる空に向かって放った。
きっと大丈夫。
私は心配そうにしている君の隣で、心の中でそう言った。
長く心配していた船は、ようやく岸に辿り着いた。
家の住人はご主人の帰宅を大いに喜び、その日の食卓は賑やかだった。
君も心から嬉しそうな顔をしていた。反対に私はあまり喜ばなかった。錆切って動かせないでいる足元を見つめて、私は心から心配していた。
いつか全てが動かせなくなってしまったら、と考えたが、それでも君はその家の住人の為に祈り続けるのだろうと思った。
動けなくなったら、私とはもうお喋りできないかもしれない。そうしたら、私はどうなるのだろう?君に会った時より前の私に戻るだけだが、私はその頃のことをあまり覚えていない気がする。
杞憂なら良かったのに、と私は動けない君を見て心の底から思った。
何度も荒れた海や空に、いつしか君の身体は錆びついてボロボロになってしまった。
君の声は、遠くなった気がする。耳を澄ましてもあまり聞こえなくなった。それでも、祈り続けているのだろうと、君の性格からそう感じていた。
あたたかくて、強くて、優しい君の祈りは、誰よりも君の為に願ってほしかった。
他の誰とも違ったのは、君は君自身のための祈りを一度もしなかったことだった。
私は悲しくて、でも何もできなくて、君の隣で今日も静かに海を眺めていた。
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