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童話ーおじいさんの古時計ー

この屋敷は本当に大きくて広かった。
玄関を入ったら螺旋階段があって、2階にいくつも大きな扉があった。私は遠い親戚だったから、本当にたまにしか行くことがなかったけれど、初めて見た時には息を呑むほどだったことを今でも覚えている。
ここには白くて大きくてふわふわな犬と、杖をついたおじいさんが1人住んでいた。それと、お手伝いさんが何人かいて、料理人が3人ほどいて、さらに庭師が2人いた。
普通の家のサイズにこれだけの人がいたら狭く思うけれど、この大きな屋敷には少し寂しいくらいだった。
いくつかある客間の一部屋を、私にと貸してくれた。可愛らしいフリルのついたカーテンにベッドに、私の好きな黄色いクマのぬいぐるみが用意されていた。でも、一人で寝るのはまだ怖いので、いつもお母さんと一緒に寝ていた。
昼間は暖かい日差しが差す庭先で、白いお洒落なテーブルとイスに座り、香りのいい紅茶に甘いお菓子を食べた。いつもなら口いっぱいに入れて食べるけれど、ここでいくつもお菓子を頬張ることは何だか気が引けたので、丁寧に一つずつ噛み締める様に食べた。

お屋敷の中を散策していると、大きな犬が廊下をのしのしと歩いてきた。私は廊下の隅っこに寄って通り過ぎるのを待った。犬は好きだけれど、大きな犬は苦手だった。それに、まるで人の様に歩いて見えたし、何ならお父さんとおじいさんが話している難しい話にも、耳を傾けて参加している様だった。

夜になるとお屋敷は一層静まり返り、ペンを一つ落としても分かる程であった。
大きな窓からは月夜の光が入り込み割と明るかったが、廊下のどこかにある大きな時計のカチカチという音が不気味で怖かった。そして、深夜0時になるとゴーンという音が廊下に響き渡った。

大人にとっては大して遅い時間ではないのだろう。廊下で足音と杖をつく音が遠くで聞こえた。おじいさんが歩いているのだとすぐに分かった。おじいさんはいつも夜は書斎に籠り、読書や書き物をしてから寝るのが習慣だと人伝に聞いた。一人分の足音を聞きながら、天井を眺めると、何となくおじいさんが可哀想に思えた。書斎にあると聞いた、おじいさんと仲睦まじかったおばあさんの写真が、いくつも飾られているということを聞いたからだと思う。歳を取るということが、朧げながらに静かな時間が過ぎるこのお屋敷に似ている様に感じ、悲しくなった。

何日か過ぎて、さよならをする日が来た。
おじいさんは来た時と同じ様に大きな犬を横に連れて、お手伝いさん達と並んで私たちを見送った。
後から聞いた話だと、おじいさんの書斎には大きな古時計があるらしい。のっぽで木でできた立派な時計で、思い出の詰まった時計だそうだ。でも、その時計はもう古く、少し壊れている様で時計の針が動くだけで、ゴーンという音が鳴ることはないという。
お屋敷にはその時計以外音の鳴るものが無く、おじいさんは私が夜に聞いた時計の音の話を聞くと、その小さな目が少し丸く見開かれたと思ったら優しく微笑んでお礼を言った。

おじいさんが別れ際に、あの時計はおじいさんとおばあさんの思い出の時計で、それに実は色々な機械仕掛けがあって立派なものだから、私が大きくなったら譲ってくれると言っていたが、私は正直不気味だったから遠慮したい。

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