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童話ー夏の帰り道ー

いつもの帰り道だけど、いつもと違う帰り道でした。
もうすぐで夏休みなのです。
男の子はルンルン気分で黒いランドセルを背中に背負い青い手提げ袋を片手に歩いています。
明日は、校庭にある自分の朝顔の鉢を持って帰ります。男の子の朝顔は、毎日お水をあげて大切に育てているので、誰よりも早く花が咲きそうでした。多分、赤色の朝顔です。家に持って帰ったらきっと近いうちに花が咲きます。大切に育てた朝顔をお母さんに見せることができると思うと、もっと嬉しくなりスキップを踏んで歩き出しました。
緩やかな坂道を男の子は下っていきます。
ふと足元に蟻の行列がありました。
行列の先には半分溶けかけている飴が落ちています。
太陽とジワジワ纏わり付く様な夏の空気の中、男の子はじっと蟻を観察しました。
そのうち、空に浮かぶ夏の入道雲がモクモクと大きくなりました。
男の子は大きくて真っ白な入道雲もじっと観察しました。
そよそよと生温い風が吹くと、何処かでチリーンと風鈴の音色が聞こえました。
男の子は涼しげな音に耳を傾けました。
じんわりと汗が額から流れます。
男の子は喉が渇いてきたと同時に、お家の冷たいウーロン茶を思い出しました。家に向かって、まるで鳥にでもなったかの様に、両手を広げて走りました。
ここには沢山の夏がありました。

お家に着いて元気良くただいまを言った後に、ランドセルを玄関に放り投げて冷蔵庫へ走りました。
ちょうどベランダで洗濯物を取り込んでいるお母さんを横目に、コップに注いだお茶を勢い良くゴクゴクと飲みます。
ふと、ベランダの外を見ると、先程の大きくて白い入道雲が見えました。
どこまでもどこまでも高く大きくなりそうな雲が、明るい夕日に照らされて薄いオレンジ色になっています。
男の子は汗だくで走って帰ってきたのに、入道雲は付いてきた様に大きいままベランダの外にいました。
それとも、僕がさっきまでいたところはそこまで遠くないのかもしれません。
お母さんが男の子の方を振り返り、入道雲がすごいね、暑かったね、と言いました。男の子は明日持って帰る朝顔のことを声高らかに話していると、段々とオレンジ色に染まる空に、なんだか真夏の端っこを見た様な気がしました。

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