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童話ー僕の夏をあげた日ー

夏の日の暑さが和らいだと思ったら、また暑い日が続いた。

秋の虫が鳴いたと思ったら、まだ蝉が鳴いていた。

冷房もつけるし、扇風機は回すけど、アイスノンで頭を冷やしながら寝るには、もう冷たすぎると感じる。


「氷はいりませんか?」


眠ろうと横になった僕に、尋ねる声が聞こえた。
びっくりして声のする方を振り向くと、小さな妖精がつぶらな瞳でこっちを見ている。
ティッシュのような薄い布をいくつも巻いてターバンのような帽子もかぶっている。

「氷はいりませんか?」

妖精はまた尋ねた。
僕はびっくりしたまま、妖精が手で持っている小さな皿にあるさらに小さな四角い氷を見ていた。
ミニチュアのような氷に人形のような妖精を交互に見て、僕は体を起こして座った。

「氷って、そのお皿に乗っているやつ?」

「そうです。私、人間に氷を売って暮らしているの。」

「売るって、お金を取るの?」

「お金は欲しくないわ。夏を貰いに来ているの。」

僕は驚いた。
妖精がいることにすら驚いているのに、その妖精が人間から夏を貰って氷を売っているなんて聞いたことがない。
世の中には不思議なこともあるもんだ。

「夏ならいくらでもあげるよ。毎日暑くて仕方がないんだ。」

「じゃあ、取引成立ね。」

妖精はにっこりと微笑んで、お皿ごと氷を渡した。

「この氷を一つ食べれば今より涼しくなるわ。もう一つ食べればさらに涼しく、もう一つ食べればもっともっと涼しくなるわ。」

「そんなに涼しくなるの?涼しくなるだけ?」

「夏の暑さと引き換えに、その分涼しさを与えるものなの。」

「そりゃいいや!」

僕は早速氷を一つ食べた。
米粒ほどの小さな氷だ。
さっきまで蒸し暑かったのが嘘のように涼しくなった。

「わ!本当に涼しくなった!」

「そうでしょう。それじゃあ代わりに君の夏を貰うよ。」

こう言って妖精は僕の足元から、コロコロっとビー玉のようなものを拾い上げ、僕に見せた。

「君の夏は透き通る夏の太陽の色をしていて綺麗だね。それじゃあ、私はこれで。」

妖精は両手で大事そうに夏を持って部屋を出て行った。
僕は後をつけてみようとついて行ったが、薄暗い廊下にはもう何もいなかった。
こっそり玄関を開けてみたが、足音ひとつしなかった。
僕はまた自分の部屋に戻って残りの氷を食べた。

パリッパリッ

氷の小さく割れる音と共に、どんどん涼しくなっていった。

「なんだか寒くなってきたぞ。」

僕は急いで長袖をクローゼットから引っ張り出し、着替えた。
不思議なことに、妖精からもらった氷を食べると、季節は夏から秋に変わったのでした。


翌朝、外は秋晴れになっていた。
空は高く、そよ風が涼しくていい天気だった。

「お母さん、今日から秋だね。」

ソファでくつろいでいるお母さんに、僕は嬉しそうに言った。
テレビで天気予報を見ているお母さんは、不思議そうにしていた。

「本当ね。昨日までまだ残暑が続くって言っていたのに。」

僕はつい昨日の妖精のことを話したが、お母さんは夢でも見たのね、と言うように笑っていた。
妖精は本当にいたんだよ、と僕はお父さんにも言ったが、大人はまるで話を聞いてくれない。

僕は、次に会えるのはいつになるだろうと、お茶に普通の氷を二つほど入れて、それがじんわりと溶けるのをぼーっと見つめた。

もしかしたら、妖精の国では今やっと夏が来たのかもしれない。

僕の夏は役立っているだろうか…。

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