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怪奇数奇譚(其の陸)ー月に届かないー

夜、決まって月を眺める。
街灯の少ない僕の街は、星の降る街と言われている程、夜には満天の星が見える。そして、大きな月が空高く昇るのだ。
僕は生まれた時からここに住んでいるから、これが普通のことだと思っていた。でも、ここから離れている都会は街灯も人も多く、夜に空を見上げてもここまで多くの星が見えないそうだ。月もここより小さく、月明かりも薄いらしい。

先日ニュースになっていた変わった満月の日も、僕は自分の部屋から見上げることができた。ストロベリームーンとか、スーパームーンとか、とにかく特別らしい。
特別でない月は、ただの月なのだろうと思うけれど、僕はただの月もたまにスーパーなくらい明るく輝く時もあることを知っている。変わらないいつもの月が、特別な名前の付かない日も、一番綺麗な時があることを知っている。

「今日も私を見ているのね」
月が僕に話しかけてきた。
それでも僕は返事をしなかった。
「今日も一緒にお喋りしないの?」
僕はだんまりだ。そのうち、月は雲に隠れてしまった。

「あぁ、やっと喋れる!」
雲が月を覆った瞬間、僕は口を開いた。
「どうしていつも、月が顔を出している間は口が開かないんだろう。今度こそ、声を出して...」
口を動かしている間に、雲が薄れて月が顔を出した。
「まだこっちを眺めていたのね」
僕は、月の光を受けて輝かす目を向けてじっと見つめた。
伝えたいことは星の数より多いはずなのに、やっぱり口が開かなかった。


僕の声は永遠に届かない。
こんなに想っているのに。


ああ ミステリー。

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