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線香花火

 地面に叩きつけられたその光は、パチパチと音を立てて消えていった。まるで二人の終わりを知らせるかのように、線香花火はあっという間に消えていった。

「これで終わり」
 俊太はどんな顔をしているだろうか。いつまでも立ち上がろうとしない彼の顔は、月明かりでよく見えなかった。ちょうどいい。顔を見てしまったら、きっと泣いてしまうかもしれない。

 線香花火の火に惹き付けられるように、あの日、私たちは知り合った。会社の先輩に連れられたバーベキューで、取引先の一人として参加していた俊太を見たとき、ハッとした。踏みとどまろうと気持ちにブレーキをかけた私はもう、俊太に恋をしていたのだろう。 
「貸して」
 俊太は、手こずる私の手からライターを取ると、すぐに線香花火に火をつけた。
「ありがとうございます」
 線香花火は、柔らかい瞳をする俊太の顔を照らす。
「きれい」
 線香花火よりも、私は俊太に見とれていた。
 遠距離の恋人がいて、もうすぐ結婚する。私と俊太の境遇はよく似ていた。仕事が忙しく、5年も付き合うと何だか連絡も疎かになってよく叱られると、俊太は笑っていた。私は、いい友達になれそうですね、と誤魔化していた。

「本気でそう思ってる?」
 友達だからと口にする私に、俊太が試すように言った。あの日から、いつの間にか彼氏よりも会う機会が増えていき、今ではもう、互いの気持ちに気がついている。誤魔化しきれない感情を押さえるのに必死で、握られた手を振りほどくことができなかった。
 彼氏との結婚を、家族も友達も先輩も、皆、喜んで祝福してくれている。私と俊太の関係は、誰にも知られてはいけない、二人だけの秘密だった。

「もう終わりにしよう」
 始まってもいないのに、私はそう、呟いた。二人の関係は恋人ではない。そう言えない自分がいる。今日で終わりにする。それが二人にとって、一番、いい選択なのだ。
「線香花火、買ってきたんだ」
 泣きそうな私の顔は、俊太の瞳にはどう映っているのだろう。
「これで最後にしよう」
 ライターを手にした私に、俊太はようやく気持ちを押さえ込んだようだ。火をつけるのに手こずる私に、俊太が手を差し出した。私は首を横に振る。三回目でようやく線香花火に火がついた。
 線香花火は、パチパチと音を立てて、鮮やかに光っては消えていく。夏の匂いが通りすぎていくようだった。
 これで終わりにしよう。地面に落ちた線香花火は、微かに光り消えてった。


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