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理柚→ 夜野群青  04/12

夜野群青さんとの往復書簡、4話目です。
先日、群青さんからいただいた手紙がこちら。

――ぽつぽつ、と、雨、

あなたが住む街にもう紫陽花は咲いていますか。
それからあの雨の名前を思い出せたでしょうか。
わたしの街の、観音さんの池のまわりにも紫陽花が咲き始め、寺の軒下では亀が土を掘り返し産卵の準備をしているのを今日散歩中に見かけました。
いつのまにか躑躅は花冠を黒々と濡れたアスファルトの上に落とし、蒸した蒸気は気化し、季節はめまぐるしく日々移ろい変わっていくというのに、わたしといえばいまだ同じ場所で停滞し世界からとり残された気分でいます。近くに在るものはスロウなのに、わたしから離れて在るものは速度をぐんぐんあげ、通過して、この眼には雨粒を抱く紫陽花のように眩しく映るばかりです。

朝、息子の好きな4枚切りの食パンをこんがりとトースターで焼くとき、買い物のお釣りを投げるように渡されたとき、あの子との約束を守れない自分に気づいて落ち込んだとき、自分で縫った布団カバーを着けた布団の中で、夜に潜るときもわたしにの片隅にありました。あなたから手紙を貰ったあと、ずっと考えていたのです。
その一点とはなんだろう、って。
きっとあなたを通して視えるわたしのことも深く深く探っていたのかもしれません。
そしてわたしは何かを読むとき、感覚を揺さぶるものを、今までのわたしを壊すものを大切に考えているようです。
白だと思い込んでいたものが黒だったり、汚いと感じた裏側に隠されていた美しさであったり、そう、これをもし音で言い表すならばそれは「世界のへし折れる音」、聴くことで痛みを伴うとしても聴いてみたいと思っていて、頁をめくります。

ご存知のように、わたしには音符の意味さえ分からず音楽を演奏する技術やセンス、また語るだけの知識もなく、それまで無くとも不自由なく生きてこれたので(もちろん好きな音楽を聴き救われはするけれど)あなたの詩文が鳴ると云う表現には驚きを隠せません。
あなたの耳、正確にはあなたのあたまはどうなっているのだろうか。
もし垣間視る(聴く? 感じる?)ことが出来たならどんな世界がひろがったことでしょう。悲しいことに、わたしには想像する事すら難しいようです。
でも、あなたもわたしを視て同じようなことを感じているのではないか、とある種の確信めいた気持ちを持っています。
ふふ少し自意識過剰でしょうか。

雨音が
鳴る
/ シ
みたいに

良かったら、これからくるであろう雨の時間に合うあなたの思い出話をぽつぽつとわたしにしてくれませんか?

あなたの音に纏わる話を聴いてみたいな。

夜野群青

以下、私、理柚からの返信です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あなたが住む街の風景が(きっと行ったことも見たこともないはずのその風景が)なんだか懐かしい、と感じてしまうのはなぜでしょうか。とても不思議です。そして、私の住む街でも紫陽花が濡れています。結局、あの雨の名前を思い出せないままの6月が終わろうとしています。

あなたの「読む」ときの感覚、とても興味深く読ませてもらいました。
「世界のへしおれる音」に、正直、どきり、としました。私も「今の自分を壊して開かれたい」といつも心のどこかで思っているのかもしれません。

そして、あなたの

聴くことで痛みを伴うとしても聴いてみたい

この言葉。あなたと私の明らかに違う「一点」に通じている、と強く感じるのですが、それはまた違う機会にお話しましょう。


「詩」について、多くのことが分からないように、実は「音楽」についても、あやふやでしっかりとは掴めない、そんな感覚をずっと持っています。ただ、最近はこう思うことが多いのです。「人」は、もともと体の奥底にその人特有の速度や律動、旋律の奏で方、のようなものを備えていて、それをできる限り自然に、時には少し工夫を凝らして外に出すことができたとき、そして、その波長がこちら届いたとき、私はそれを「音楽的」だと感じることがある、ということ。その意味から、あなたの詩や創作物に、私は「音楽」を強く感じるし、「言葉」を手段とした紛れもない音の世界がある、と感じるのです。


雨音が
鳴る
/ シ
みたいに

このフレーズ、とても素敵ですね。せっかくなので、これを元に「思い出」を絡めて言葉をつなげてみました。

雨音が
鳴る
降り始めたばかりの
やわらかな音だけが 
/ シになる

濡れゆくもの 滲みゆくもの
思い出の多くはどこか虚ろなのに

小さなころに見た
線路際に咲く紫陽花の
色が 
今も
染む
/ シ
みたいに

そう、色ー。あなたの作品にはいつも鮮やかな色もありますね。創作する上で、「視覚」も大切にされている、と常々感じていますが、それがどこから来るものなのか、いつも知りたい、と思っています。あと、そうだな、夏の好きな色、なんかも教えてくださると嬉しいです。ちなみに私の夏の一番好きな色は、揚げた茄子の色です。

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