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記事一覧

フランスの皮肉なことわざ

 子どもの頃、おばあちゃんの家の和式トイレの壁に、細長いカレン ダー式のことわざの束がぶらさがっていた。説教臭くて、あまり好き ではなかった。「今日の仕事は明日ま…

里和
2年前
8

カタカナ英語

 ホント? ウソ! マジで? これは英語ではないが、おそらく書くとカタカナになる日本語だろう。 「本当」は私が若いころ使われていた。「嘘」は今30代位の人たち が…

里和
2年前
7

走 る

ハッハッ、パタパタ。近所の公園の周りは、ジョギングにふさわ しいコースになっており、朝から人々が走っている。私がタラ タラ と駅に向かう道を歩いていると、おや、先…

里和
2年前
7

外国人であること

 最近、不法滞在という名のもとに、収容されていた若いスリラ ンカの女性が入管で亡くなった。他の人も収容されてハンストしたりと、 日本側のやり方にも色々問題があるよ…

里和
2年前
12

お蕎麦屋のご主人

 数年前に、新しい友人ができた。立ち食い蕎麦屋のご主人である。きっかけはといえば、子ども食堂についての映画を観たことだった。私は以前より時間ができたから何かやり…

里和
3年前
12

1960年前後の米国テレビドラマ

小学生の頃は、アメリカのテレビドラマが目白押しで、夜のひと 時は楽しかった。我が家には1950年代前半からテレビがあっ た。朝は決まった時間に始まり、夜は遅くはや…

里和
3年前
10

教養とは

近頃、「教養」という言葉のついた本を見かける。これ一冊で教養が身につく、など。しかし、それは「知識」であって教養ではないだろう。礼儀やマナーのある振る舞いを、ぎ…

里和
3年前
8

欧州での男女のかかわり

皆さんは会社員や学生同士の食事会で、例えば10名前後の参加者 としたらどのような配置で座るだろうか。というのは我が社もかつ ては、気が付くと長い机の左側に女性、右…

里和
3年前
7

待つ楽しみ

現代はすっかり「欲求即解消型」ともいうべき社会になっているようだ。通販で洋服を注文すると、お届け日をきかれる。配達スタッフのせわしなさを思い、急ぎません、と返事…

里和
3年前
10

ネパールに行く

年末年始の海外旅行が私の慣習となったのは、1980年代だった。父に暇ができて、母をよく伴っていたのだが、ついに私が交代してお供をする羽目となった。年末の忙しさを…

里和
3年前
9

名前の書き方と発音

わりあい最近のことだが、ある大臣がテレビで日本人名のアルファベット表記は、姓と名の順を変えないことにする、という話をしていた。賛成である。 私は留学後、仕事で冊…

里和
3年前
8

両親の介護

父は87歳で亡くなった。元気のよい、大声の人だったが、80歳ころには体も弱り、食欲もなく、ついに肺炎で入院した。普通病棟から、救急病棟に移されるのに時間はかから…

里和
3年前
12

髪の形と色ーー白髪について

小学校の時、私の髪はオカッパだった。恐らく、戦時中だった母の子供時代と同じで、後ろ側は刈り上げである。私は長い髪にあこがれていたが、許してもらえなかった。高校の…

里和
3年前
9

お酒文化とお茶文化

最近はなかなか、「飲みに行こう」と誘えない時代なので、うっぷんの溜まっている人も多いだろう。私はあまり飲めないので、ほとんど行かないが、夕食会だったら多少ビール…

里和
3年前
12

カナダ  英語圏とフランス語圏

2010年代前半、カナダのトロントへ出張した。英語圏である。当時から、海外出張前はその国の治安とか、政治情勢が気になっていたが、数少ない安心できそうな国だったし…

里和
3年前
12

新刊本と古本

私のよく乗り降りしていた駅改札の中に書店があり、手前に話題の本、売れそうな本を並べてある。お蔭でいろいろな本に出会った。 父の生前は、ヘンな本を持っていると怒ら…

里和
3年前
8
フランスの皮肉なことわざ

フランスの皮肉なことわざ

 子どもの頃、おばあちゃんの家の和式トイレの壁に、細長いカレン
ダー式のことわざの束がぶらさがっていた。説教臭くて、あまり好き
ではなかった。「今日の仕事は明日までのばすな」の類であった。

 お正月のいろはカルタのお蔭で、いろいろなことばを覚えた。花より
団子、年寄りの冷や水、泣きっ面にハチ、など。

 これと重なるが、諺もたくさん学んだ。「馬の耳に念仏」「芸は身を助ける」「大は小を兼ねる」「

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カタカナ英語

カタカナ英語

 ホント? ウソ! マジで?
これは英語ではないが、おそらく書くとカタカナになる日本語だろう。
「本当」は私が若いころ使われていた。「嘘」は今30代位の人たち
が、かつて使用ていたようだ。そして「マジ」はかなり息が長く、
若者からおじさままで口にしている。男性は「マジっすか」とも言う。

 これが気になっていたのだが、ついに決意して外国語と思って
練習した。そしてかなりうまいタイミングで、マジで?

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走 る

走 る

ハッハッ、パタパタ。近所の公園の周りは、ジョギングにふさわ
しいコースになっており、朝から人々が走っている。私がタラ
タラ と駅に向かう道を歩いていると、おや、先ほどの二人組が
すでに一周してきて、また出会ってしまう。

いかにも美しいフォームで走る体育会系の若者、ドタドタと音を
たてるおじさま、女子校の生徒たちの登下校の群れを搔き
分ける男性。ご苦労様なことである。走る理由は――体力増強、
体重

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外国人であること

外国人であること

 最近、不法滞在という名のもとに、収容されていた若いスリラ
ンカの女性が入管で亡くなった。他の人も収容されてハンストしたりと、
日本側のやり方にも色々問題があるようだ。

 スリランカは、かつてセイロンと呼ばれ、日本では紅茶の産地
として有名だった。特に敗戦後、1951年のサンフランシス
コ講和会議で、セイロンの大臣ジャヤワルダナ氏は「憎しみは
憎しみをもって報わず、愛をもって報いるべきである」と

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お蕎麦屋のご主人

お蕎麦屋のご主人

 数年前に、新しい友人ができた。立ち食い蕎麦屋のご主人である。きっかけはといえば、子ども食堂についての映画を観たことだった。私は以前より時間ができたから何かやりたいと思い、かつての仕事仲間の女性Hさんと食事して、相談をした。そして2人とも行きやすい場所にあるお寺で、子ども食堂を開いていることを知り、和尚さまに会いに行った。本の読み聞かせなど、ボランティアをしたいと頼み込んでみたら、ご快諾いただいた

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1960年前後の米国テレビドラマ

1960年前後の米国テレビドラマ

小学生の頃は、アメリカのテレビドラマが目白押しで、夜のひと
時は楽しかった。我が家には1950年代前半からテレビがあっ
た。朝は決まった時間に始まり、夜は遅くはやっていなかったよ
うだ。NHKは放映が終わる時か始まる時には、白いハト何羽かの
影が映るので、母によれば、私が不思議そうにテレビの裏側を
覗いていたそうである。

この文章を書くきっかけは、近所の本屋さんの店先で廉価な旧作
のDVDを売っ

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教養とは

教養とは

近頃、「教養」という言葉のついた本を見かける。これ一冊で教養が身につく、など。しかし、それは「知識」であって教養ではないだろう。礼儀やマナーのある振る舞いを、ぎっしりリストにした本も手に取ったが、私には実行は到底無理で、もういいと思ってしまうし、だいたいもう遅い。まあその都度見るものなのだろうが。

辞書で見ると教養とは「学問・芸術などにより人間性・知性を磨き高めること」。子供の頃の稽古事も含めて

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欧州での男女のかかわり

欧州での男女のかかわり

皆さんは会社員や学生同士の食事会で、例えば10名前後の参加者
としたらどのような配置で座るだろうか。というのは我が社もかつ
ては、気が付くと長い机の左側に女性、右側に男性という配置にな
りやすかった。だから私は大体席順を前もって考え、男性と女性を
なるべく交互に座るよう配分する。そして、社長の隣には怖いもの
知らず?の女性か、なかなかお話する機会のない人に坐ってもらう。

かつて、アフリカの敬愛す

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待つ楽しみ

待つ楽しみ

現代はすっかり「欲求即解消型」ともいうべき社会になっているようだ。通販で洋服を注文すると、お届け日をきかれる。配達スタッフのせわしなさを思い、急ぎません、と返事しても翌日には到着したりする。

子どもの頃は、頼んだものがいつ届くかな、と楽しみにしていた。「小学〇
年生」といった付録つきの雑誌を、近所の本屋さんが自転車で定期的に
配達してくれていた。

海外留学の時は、国際電話は殆ど使わなかった。電

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ネパールに行く

ネパールに行く

年末年始の海外旅行が私の慣習となったのは、1980年代だった。父に暇ができて、母をよく伴っていたのだが、ついに私が交代してお供をする羽目となった。年末の忙しさを振り切って出かけ、もどれば正月明けの仕事に復帰するのは結構大変だった。その第1弾がネパールだった。

宿はアンナプルナ・ホテルで、大きく立派だった。のどかだったが、帰国して半年後くいらいに、このホテルのロビーが左翼によって爆破されたと知り、

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名前の書き方と発音

名前の書き方と発音

わりあい最近のことだが、ある大臣がテレビで日本人名のアルファベット表記は、姓と名の順を変えないことにする、という話をしていた。賛成である。

私は留学後、仕事で冊子を作る場合、執筆者の名前にフリガナをつける代わりに、横文字を添えている。例えば、田中和子氏なら、TANAKA Kazukoとなる。以前フランスの電話帳では、ファミリーネーム、たとえばMARTINなら、それがMの項にずらりと並び、となりに

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両親の介護

両親の介護

父は87歳で亡くなった。元気のよい、大声の人だったが、80歳ころには体も弱り、食欲もなく、ついに肺炎で入院した。普通病棟から、救急病棟に移されるのに時間はかからなかった。あっという間に危篤となり、病院に呼び出されて家族でゆくと、父が、どうした?という。先生方が気管切開をするというので、仕方なく承諾。また来るね、と父に言うと、元気そうな声で?「アディオス!」。側の先生が驚いて、低酸素にお強いのですね

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髪の形と色ーー白髪について

髪の形と色ーー白髪について

小学校の時、私の髪はオカッパだった。恐らく、戦時中だった母の子供時代と同じで、後ろ側は刈り上げである。私は長い髪にあこがれていたが、許してもらえなかった。高校の頃はさすがに後ろ髪は伸ばしていたが、前から見るとあまり変わらない。

大学になると、同じような形でもパーマはかけてもらった。海外留学に行く前になって、髪を伸ばし始めた。というのは、向こうで美容院に行くと(東洋人の髪に慣れていないから)だめに

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お酒文化とお茶文化

お酒文化とお茶文化

最近はなかなか、「飲みに行こう」と誘えない時代なので、うっぷんの溜まっている人も多いだろう。私はあまり飲めないので、ほとんど行かないが、夕食会だったら多少ビールやワインは飲む。昔と違って無理強いもされないので楽である。

かつて、知り合いのマスコミ関係者Mさんに、コーヒー百杯よりもお酒一杯の方が親しみが湧くと言われ、飲まない私は少々落胆した。その人とは仕事の折に、何回かコーヒーを一緒に飲んでいた・

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カナダ  英語圏とフランス語圏

カナダ  英語圏とフランス語圏

2010年代前半、カナダのトロントへ出張した。英語圏である。当時から、海外出張前はその国の治安とか、政治情勢が気になっていたが、数少ない安心できそうな国だったし、実際にそうだった。

私は欧米では主としてヨーロッパの国々を訪れていたから、移民の国は珍しかった。夜道を歩いても怖くないし、人々も親切だし、驚いたことにホテル受付の人やタクシーの運転手まで、カナダはいい国だとほめるのである。

ただ、時間

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新刊本と古本

新刊本と古本

私のよく乗り降りしていた駅改札の中に書店があり、手前に話題の本、売れそうな本を並べてある。お蔭でいろいろな本に出会った。

父の生前は、ヘンな本を持っていると怒られるし、私個人としてもベストセラーは皆が買うから、人の読まない本こそ募金をかねて買うぞ、と少々意地を張っていた。でもいまでは力みも取れ、在宅死とか、スマホの功罪とか、夫の扱い方といった内容の本を興味深く読んでいる。

引っ越しで思い切り本

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