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お蕎麦屋のご主人

 数年前に、新しい友人ができた。立ち食い蕎麦屋のご主人である。きっかけはといえば、子ども食堂についての映画を観たことだった。私は以前より時間ができたから何かやりたいと思い、かつての仕事仲間の女性Hさんと食事して、相談をした。そして2人とも行きやすい場所にあるお寺で、子ども食堂を開いていることを知り、和尚さまに会いに行った。本の読み聞かせなど、ボランティアをしたいと頼み込んでみたら、ご快諾いただいた。

 今度はもう一人探すことになり、Hさんの通う朗読教室のお仲間の男性Kさんとお会いした。深川出身の元気のよい人で、立ち食い蕎麦屋のご主人。よくしゃべり、色々ボランティアもやっているようだ。

 お寺の子ども食堂では大広間で食事をする。これは和尚の奥様の手作りでおいしい。子どもたちは順次やってくるし、高齢の女性たちも見かける。

 私たちは早飯をし、別室を借りて主として読み聞かせをする。メンバーのそれぞれが数冊の本や、紙芝居を持ってくる。小さなお客様が来ないうちは、大人同士で読み聞かせをする。そのうち、ぱらりぱらりと子供たちがやってくる。幼稚園生くらいから、小学校3年位までだろうか。子どもたちはじっと話を聴いているが、あなたも読む?と言うと喜んで読んでくれるし、私も読みたいと、名乗り出る子もいる。女の子はおしゃまで抱っこされないが、小さい男の子は膝の上で話を聴いたりもする。親子連れも時々いる。

 でも大半の子たちは食堂の脇の部屋で、ボランディアの大学生たちとキャアキャア言って走り回っている。このあたりは特に暮らしに困った家庭はなさそうな地域だが、子どもたちは一緒にご飯を食べ、騒いで遊ぶのが楽しいのだろう。

 さてKさんであるが、たたき上げの人で、立ち食い蕎麦屋も最近は後輩に譲ったそうだが、24時間営業で年中無休だった。自分は3時間も寝れば十分という。このところはお客が少なく、1日に700人位だというが、え? いつもは1000人位。何回かただで食べて、後日払いますという少年も特に追及しない。年に1週間は無料の日を作ったりと、豪快きわまりない。アルバイトのおばさんが都合でお休みしても、いいよ俺がやるから。

 Kさんは、少し暇ができてからは勉強熱心で、外国人の先生と銀座で散歩しながら英会話のレッスンを受けているし、お誘いすれば映画などにも行く。

 そして、極めつけがご夫人である。結婚の時には「私より先に死ないでね」と言ったそうだ。ヒャー。また、Kさんは私に自分の葬式には来てね、という。私の時にも来てねとお返事したが、最近になって気が付いた。一方があの世に行けば、残された人のお葬式には出られないじゃないか…と。

  「木蔭のつぶやき」Ⅱー14