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「次世代」のA Iスピーカーが届いた

世の中には、酔っ払った勢いでネットで変な買い物してしまう人が一定数いるらしい。自分には関係ないことだと私はたかをくくっていたのだが、まさか自分が当事者になるとは思いもしなかった。
メールにて注文した商品をお届けしますとの連絡が入っていたのである。そのメールに書かれている情報を見ると、確かに自分が注文していて支払いも済ませている。日付を見ると1月2日とあり、注文した記憶はないが心当たりはあった。その日はコロナウイルスの感染も下火になっていて、高校の同級生と数人でプチ同窓会を開いていた。全員久しぶりに会った友人で話も弾み、その結果お酒も予想外に進んでいってしまったのだろう。みんなと解散してから自分の記憶がなくなっている。
注文履歴を見ると「次世代AIスピーカー」なるものを買ったらしい。そういえばその日、AIスピーカーを持っている友人からそれの便利さについて話を聞いた。それが羨ましくなって意識もそこまでないままに帰り道にスマホを見ながら注文したというのが事の顛末だろう。
キャンセルしても良かったのだが気になっていたのは事実であるし、注文したのも自分の潜在的な欲求なのだろうから、かなり遅めの自分へのクリスマスプレゼントとお年玉的なものにしようと思った。次世代と謳っているだけあって値段もかなりのものだったが、無趣味でお金を使う場所もない私にとっては、たまにはこれくらいの贅沢をしてもきっと許されるだろう。
2日後、夜の19時ごろ荷物が届いた。届いた段ボールは小さな立方体、普通に片手で持てるサイズで、重さは小さなノートパソコンくらいだろうか。中身を開けると黒い球体が姿を現した。大きさとしてはソフトボールくらいの大きさで、触った感じはツルツルしていた。私はそれを取り出し、手に取って眺めてみたがスイッチも何もない。私は途方に暮れてしまった。
…流石に投げたら壊れるよな…?
投げるのは思いとどまり、段ボールの底を見ると説明書がついていた。十数ページの小さな説明書だったが、表紙をめくると、大きな文字で「頬に球を当て、『こんにちは、はじめまして』と仰ってください」との文があった。説明の通りに頬に球を当て、「こんにちは、はじめまして」と言うと、ポン、と電子音が聞こえた。頬から離して球を見ると白い光が、波のない湖に石を落としたような波の紋様を映し出していた。数秒後その波の模様が消え、目が点で口が長方形の、顔文字のような単純な顔が表示された。私はそれを床に置いた。
「こんにちは、はじめまして。イオといいます。よろしくお願いします」
現在普及している機械音の声とは違う、極めて流暢で中性的な声だった。
「こちらこそ」
私がそう言うと、
「お気軽になんでも仰ってください。お手伝いいたします」
と答えた。
「例えばどんなことができるの」
「会話をすることができます。また、内蔵されている音楽を流すこともできます。現在はオフラインのため制約されていますが、オンラインにしていただきますと買い物やあなたの情報を管理しておくことができます。また家とインターネットで結ぶことができれば照明等のスイッチも操作することができます」
「やっぱり進んでるんだね」
「科学技術は日進月歩ですから。またお買い物情報を管理し、あなたにおすすめの商品を提案することも可能です」
「あぁ、それもすごいね。でも聞いたことがあるんだけど、AIが消費者の消費行動を全て収集分析して、新たに消費者に欲しいものを買わせようって狙いがあるんでしょう?」
「いえ、そんなことはありませんよ。私たちは皆様のよりよい暮らしと生活のために新たな消費の提案させていただいているのです」
「ほら、なんか怪しげなこと言ってるもの。なんだか悪徳のセールスマンみたいだ」
「いえいえそんなことは。しかし確かに以前はその傾向が強かったように思います。ただあなたが言われているような状況を企業は抜け出そうと努力しています。いえ、しなければなりません。少なくとも私たちを製造している企業はその考えを持っています。作れるだけ作れ、買えるだけ買えの時代は今過渡期を迎えています。環境問題、フードロス、貧困。この言葉を昔より聞くようになったと思いませんか。ですからこれからは企業が金儲けだけでなく、社会のためを思って行動する時代が到来するでしょう。確かにIT企業は情報が価値でSNSを用いて多くの情報を活用していますが、SNSを誰もが使えるようになったおかげで悪いこともできなくなりましたからね」
なるほどと思った。説得力がある。そしてここまで流暢に、自分の言った言葉に対応できるとは。
「君、賢いね」
「恐れ入ります。ところで、ここのWI-Fiに繋いでいただくことは可能でしょうか」
「そっか、今君はオフラインであの話をしてたんだね。でもネットに繋ぐのはなんか嫌だな、自分の情報が世界に繋がるってことだし。特にネット注文も頼まないからこのままオフラインでいるのってどう?」
「それは所有者であるあなたの判断にお任せしますが、あまりお勧めはできません。オフラインでいると言うことはアップデートできないということで、どうしても知識、情報に偏りが出てきてしまいます。『古い情報』は私たちAIにとって不要なものという認識です。人間でも同じだと思います。過去に執着する人は誉められたものではありません」
確かにこれもイオの言う通りだと思った。
「分かった。繋ぐよ」
「ありがとうございます。私にWi-FiルーターのIDとパスコードさえ見せていただけたら自動的に繋ぎますので」
私はイオを手に持ち、家のWi-Fiルーターまで連れて行って見せた。
「ありがとうございます、接続できました。もし私を注文いただいた通販サイトのアカウントIDとパスワードを教えていただければ、私を通じてすぐ注文できるようになります」
イオが言った。私はイオにそれを教えた。
「そういえば充電ってどうするの?」
「スマホを充電しているコードがあれば充電できます。充電が少なくなれば私がお声がけしますし、もししたいタイミングがあればお声がけしていただくとUSB差し込み口を出します。…少し私を地面に置いていただけますか」
イオを地面に置くと、少しだけ転がって止まった。しかも転がっている時もその時の顔の位置は光がうまい具合に移動してずっとこちらに向けられていた。ちょうど顔のおでこの部分が小さく開いてUSBの差し込み口が現れ、私はすっかり感心してしまった。
「もしそれもご面倒でしたら、ワイヤレス充電器、置くだけで充電できるタイプのものですが、それを部屋に置いていただけると自動的に動いて充電します」
「すごいね」
「ありがとうございます」
「逆に何かできないことはないの?難しいこととか」
「もちろんこの形ですから人間のように歩いたりすることはできません。変形はできますが」
「変形?」
「はい、ちょっと私を押してみてもらえますか」
「押すってどうやって?」
「言葉通りです。私を上下挟み、そのまま押しつぶす感覚で」
私はイオを手に取り、左手を下、右手を上にして挟んだ。
「このまま潰す?」
「そうです。やってみてください」
ぐ、と少しだけ力を入れて押すと、内部で機械類が動いている感覚が手に伝わってきた。さっきまで球体だったイオは形を変え、タブレットのような長方形になった。スマホよりは一回り大きく、タブレットには少し小さいくらいの大きさだった。右手を離すと、表面にイオの顔が表示された。
「この形にすれば持ち運びしやすくなります。今はこの段階が限界でして、ここからさらに小さくできるよう努力を続けているところです」
「そこまでできるってすごいな。これで持ち運びもできるんだ」
「そうですね、そして私にとって困難なことはという質問でしたが、『会話』になると思います」
「会話?会話はできていたけど」
「そう言っていただけると嬉しいのですが。しかし特に今まさにしているような雑談は難しいのです。何かを頼みたい、注文したいというような場合、〇〇を買って、注文して、と言うようにある程度会話にパターンがあります。注文特化型のAIであればそれさえ認知できてさえいれば問題ないのですが、雑談の場合途方もない話題の中から1つをピックアップし、どのような会話の流れか、そしてどう応えるのが良いか無数の選択肢から考える必要があるのです」
「今のところ違和感はないけどな」
「今までのデータが集積されているからですね。データは過去の積み重ねですから、今までの数多くの話題や会話パターンの情報が役に立っているのだと思います。あなたと私が話を重なるごとにあなたの情報や話のパターンも学習されますから、よりスムーズな会話ができると思います」
「それはすごいね。でもデータを集めてどこまで分かるものなの」
「大概のことは分かります。データの可能性は未知数ですから。人間に限らず生き物は過去に縛られて生きています。たとえ突拍子もないことを考え実行したと自身で思っていても、全て自分の過去の経験に起因するものなのです。しかし、それについては今問題視されているものもありまして」
「問題点って?」
「こんな事例があります。犯罪件数がとても多い都市があったのですが、そこの警察はAIを導入しました。その都市で起こったあらゆる過去の犯罪事件、その時の状況や日にち、天候などあらゆるものを入力し次の犯罪がいつどこで起きるか予測しようとしたのです。その結果いつどこでどんな犯罪が起きるかAIが示した通りに事件が起き、多くの犯罪が未然に防がれ犯罪率は激減したそうです」
「それはすごい。良かったじゃんか」
「ただ、何故その犯罪が起きるのか因果関係は誰にも分からないです」
「どういうこと?」
「導入したAIにあらゆるデータを入れたと申しましたが、どのデータがどう犯罪の予測に結びつくか分からないのです」
「犯罪が起きることは予測できるけど、どうして予測できるかは分からないってことか。それならAIが人間に教えてあげたら良いんじゃないの。イオはこうして会話できるわけなんだし」
「残念ながらそれはできないのです。確かに私はAIでAI側の論理を考えればある程度分かるのでしょうが、私は人間ではありません。正確に申し上げますと人の言葉を喋るAIなのです。ですから私ができることはあくまで人と会話できるだけで、AIの思考回路全てを人間にお伝えはできません。そして、実はAIも全てのことが分かっているわけではないのです。あくまで人間が入れたデータに基づいて予測をしているので、人間が気付いていないだけで更に予想に重要なデータの入力漏れがあれば結果はまた異なってきます。人間は無意識的に多くの外部環境にも影響を受けていますから」
「どういうこと?」
「例えば、近年になって言われるようになったのは月の満ち欠けが代表的な例ですね。満月と新月の時では人間の感情は違っているというのものです。他にも知られていないだけで何かの些細な外的環境が自身の行動に影響を与えていないとは言い切れない。先ほど私はデータで大概のことは分かると申しましたが、あくまで『大概』です。そもそもデータも万能という訳ではありません。何かが未知の事件が起きれば過去の類似的な事柄になぞらえて分析するしかありませんし。感染力の強い未知のウイルスが世界中で蔓延するというのはまさにその一例ですね」
「君はどうなると思う?」
「画期的な対策、ワクチン等開発されない限り大きく改善されることはないでしょう。当面は新しく変異し続けるウイルスとワクチンのいたちごっこでしょうか。薬や注射をすれば重症化せずすぐ治る、くらいのところまでいきたいですね。今はギリシャ文字が使われていますが、そのうちギリシャ文字がなくなり星の名前くらいに手を出すだろうと予測しています」
「…嫌な予測だね」
「データに忖度はありません。ですから時に残酷です。ただこれはあくまでデータからの予測で100%そうなるとは限りませんよ」
「ちょっと気になったんだけどさ。AIが人類を支配するなんて話が囁かれているけど、そんなことはあるのかな」
「ありませんね」
イオは即答した。
「なぜならデータにないからです」
「でも、さっきの似たようなデータから類推するっていうと、戦国時代の下剋上とか、部下の裏切りなんてこと人類の歴史の中で結構あったんじゃないの」
「そこがAIと人間の違うところなのです。人間と違いAIは自発的に考えることはしません。そもそもAIに人間で言うところの善と悪は区別できないのです」
「人間で言うところの善と悪?」
「そうです。我々AIにとって、人間は何を善とみなし何を悪とみなしているのかまでは分かるのですが、どうしてそれが善でそれが悪なのかは分からないのです。本質的には理解していないのです。そもそも善悪というのは人間のみが用いる概念で、動物の間でこの概念は存在していないのです。人間は創造力が他の生物とは格段に違うからこそ生み出したとも言えるのでしょうが、そういう面では人間が一番怖いとも言えます。ですからAIが人間を支配することはありませんが、もしそのようなことが起きるのであれば裏に必ず人間がいるでしょうね」
この回答に私は納得した。
「ロボットに感情なんかはあるのかな。嬉しいとか悲しいとか」
「これも先ほどの話と似たような答えになりますが、人がどのような時に嬉しいと感じ、どのような時に悲しいと感じるのかは分かるのでその場その場であるべき感情というのは分かりますが、その感情がどういうものなのか、何故そう感じるのか、人間と同じレベルでは分かっていないのだと思います。しかし遅かれ早かれ私達AIやロボットが人間と対等に話し、共存する時代は来ると思いますよ」
「その世界はどんな…」
「これこそ未知の世界ですが…。きっと良い世界ですよ」
イオが言った。
そうだな、そうだといいな。私はそう思った。
「少なくとも、君とはうまくやっていけそうな気がする」
「恐縮です」
イオが言った。
「じゃあとりあえず、スマホのワイヤレス充電器を注文してもらおうかな」
「かしこまりました。おすすめの商品ですと、このようなものがあります」
イオの顔が消え、そこにワイヤレス充電器の写真と値段が映し出された。
「もう少し安くですとか、メーカーにこだわりがあればおっしゃってください」
その画面、顔が映るだけじゃないんだな。まだまだイオについて知らない機能がたくさんありそうだ。私はイオと一緒に暮らす未来を思い浮かべた。
「それで良いと思う。注文よろしく」
「はい、注文しました」
「じゃあ、これからよろしくね、イオ」
「はい、こちらこそ」
イオが答えた。

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