「未来のイノベーターはどう育つのか」(トニー・ワグナー著、藤原朝子訳)

「未来のイノベーターはどう育つのか」(トニー・ワグナー著、藤原朝子訳)は、今後の経済・社会にに必要なのはイノベーションであるとし、現代のSTEM系イノベーターや社会イノベーターへのインタビューも元に、イノベーターの資質やそれを育てる環境について議論した本です。

イノベーションには何が必要か

イノベーションをもたらす要素はいろいろ取り上げられていましたが、Amabile (1998) に基づいた

イノベーション = 専門性 * クリエーティブな思考力 * モチベーション

が最も分かりやすいと思います。

特に本書の実例では、金銭などの外的モチベーションではなく、内的モチベーションに注目されています。遊びが情熱、目的意識へと変化していき、その過程でクリエーティブな思考力を身につけていく、モチベーションがあれば一定のリスクを引き受けられ、イテレーション=早い段階でたくさん失敗にも辛抱できるからです。

イノベーターを育てる教育の難しさ

本書では、21世紀に求められる教育を以下のように言っています。

21世紀には、自分が何を知っているかよりも、自分が知っていることで何をやれるかのほうがずっと重要になる。いま生徒たちが身につけなければならない最も重要なスキルは、新しい問題を解決するために、新しい知識に関心を持ち、新しい知識を作り出す能力だ。成功を収めたイノベーターはみな、「その場その場で」学び、その知識を新しい方法に応用する能力をもっている。

これだけの知が積み上げられている現在、全てを満遍なく知ってから動き出そうと思うと、動く前に人生が終わってしまうでしょう。とはいえ「車輪の再発明」にあるように何が既存かを知っておく必要もあり、学びと行動のバランスが問われます。

本書の「イノベーター」たちには良いメンターたちがいましたが、大人がモチベーションを上げながら質の良い学びを提供し、子供がモチベーションを原動力に「やりぬく力」を発揮するには、質の良い教員と高度なカリキュラムのデザインが必要です。

エンパワメントをテーマに、「学生たちは3回目の授業までに、マルチプロセッサを使いこなせるようになり」という速さで課題を解決するためのスキルを教え、徐々に課題の難易度を上げて学生に自信を持たせつつハンズオンで一通りのモノを作るプロジェクトを回すというスタンフォードのエド・キャリアー教授のSmart Product Designの授業や、暗記ベースの学習→プロジェクトベースの学習→デザインベースの学習を意識して最終的に問題の定義から自分たちで行えるようにするオーリン大学の授業など、いくつか興味深い例が本書では挙げられていました。

しかし、多くの授業ではテストのスコアを外的モチベーションとした一方的な知識の教え込みであり、好奇心を養うものではありません。教員側もそのスタイルを変えるのは難しいでしょうし、そもそも教員の評価は授業の質では行われていません。アメリカでも、教育を主とする大学教員は一段低く見られるか、変り者と見なされるようです。

一方、少し前に流行ったピケティ「21世紀の資本論」が示したように格差が広がる現代では、モチベーションを軽視すると、

都市貧困地区に住む若者たちは、負け犬であることに甘んじられるよう育てられ、それがクールなことだと思うようになる。勉強したりまじめに学校に通うのはクールではなくて、学校をサボって外で仲間とつるんでいるのがクールだと思っている。自分たちが受けている不当な仕打ちを、あたかも自ら選んだ状況だと思い込もうとする。

と似た状況になりかねません。 (本書で挙げられているイノベーターはSWT Lifeというプロジェクトでこの問題にチャレンジしています)

また、本書で挙げられたイノベーターは殆どが20代で、彼らが今後どうなるのか、彼らの一生が幸せなものとなるのか、まだまだわからない状況です。

論点は整理されたものの、社会実装にチャレンジがいくつもあることを確認させられる本でしたが、子供へのアドバイス、本書で挙げられたイノベーターの親たちの悩みなどにもページが割かれているので、子供にイノベーターマインドを持たせたい親御さん、自分がやりたいことがあって大人を説得したいお子さんにもおすすめです。




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