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デジタル時代の広告事情 -最適解に負けない体温感じる広告を-

進化し続けるデジタル広告
Googleで「バッグ␣レディース␣人気」と検索する。たくさんの商品ページが表示される。それ以降、インターネットを開く度にさまざまなバッグの商品広告が表示される。誰に教えた訳でもないのになぜ広告に追いかけられるのだろう。これは追跡型広告(追尾型広告)と呼ばれるもので、ユーザーの検索履歴に基づいて最適な広告がGoogleで配信されるからだ。InstagramのようなSNS(そーシャルネットワークサービス)上に流れてくるデジタル広告も同じ仕組みが使われている。
今や当たり前となったデジタル広告だが、ほんの数年前まではこれほどまでに広告が溢れていなかったことを覚えているだろうか。もう慣れてしまって記憶にないかもしれない。
今回は、デジタル広告のプロフェッショナルである服部氏に、広告業界と広告そのものの移り変わりについて詳しく聞いてみた。

服部浩之さん


 

■広告業界の現状
「新型コロナウイルスの蔓延で広告は様変わりした。今まで以上に嫌われものになった気がする。デジタル広告がかなり増えたけど、発信する側がまだ慣れていないし、デジタルは改善の繰り返しで終わりがないから難しい。」そう語るのは、株式会社電通デジタルでクリエイティブディレクターを務める服部浩之さん。業界の最前線で働く彼は、時代の流れとともに広告はどう移り変わり、今後どう変化していくと考えているのだろうか。
そもそも広告とは、「広」く世間に「告」げ知らせること。会社名や商品を知ってもらう認知目的の広告もあれば、「今だけ1万円OFFキャンペーン!」など販売促進目的の広告もある。どちらの場合も膨大なデータの収集と分析が必要だが、人口の約96.1%がスマートフォンを所有している現状をみると、デジタルでデータを集めることは然程難しくないイメージがある。デジタル広告発信側の服部氏に、デジタル広告の現状を聞いてみた。
「たしかに、デジタルは不特定多数に一気に発信することができる便利なツールのひとつ。データもそれなりに集めやすいのも確か。ただ、その集めたデータを100%鵜呑みにして、効果だけを求めるだけの広告が正しいとも限らない。」と彼は語る。では、なにが「正しい広告」なのだろうか。
「デジタルは形のないものだから、広告を目にした0.1秒でいかに気を引くかが勝負。トレンドの移り変わりは驚くほど速いから、常に新しいものを生み出さなければならない。つまり、昨日までの反響結果が来週以降も出続けるとは限らない。それが他の媒体に比べてデジタルが群を抜いて速い傾向にある。そう言う意味で、正しいとは限らないってことなんだ。
世の中の企業が、デジタルの波に乗り遅れまいと一斉に取り組み始めたから、デジタル広告は既に飽和状態。一部では、衰退期に差しかかったのではと囁かれているほど。」
肌身離さず持ち歩き、現代人にとって相棒的存在の携帯電話、スマートフォン。若年層の一人暮らしの家に、パソコンはあってもテレビがないのが珍しくない令和の時代に、早くもデジタル広告の衰退が囁かれているのはいまいちピンとこない。むしろ、A I(人工知能)の台頭も相まってさらなる発展を予想していたのだが、デジタル領域の内側からみる世界はどうやら少し違うらしい。
 
■プロモーション広告の復活
2022年日本の広告費を見てみると、総額7兆1021億円と過去最高額を記録していた。うち3兆円以上がインターネット広告費で前年比114・3%と急成長。その一方で、電車広告や屋外広告、新聞折込チラシなどのプロモーション広告費もまた前年を上回り、1兆6124億円(前年比98・3%)だった。コロナ禍から回復しはじめ、人流が戻ったことの他に、デジタル以外の広告媒体が盛り返し始めた要因は何なのだろうか。
「自宅のポストに投函されるチラシや新聞折込なんて古い、時代遅れと思われるかもしれない。だけど実際はそんなことはない。むしろ、デジタル世界に競合が多すぎて紙媒体の活用に原点回帰している企業も少なくない。いわゆるデジタル疲れってやつかもしれない。理由はいくつか考えられて、ひとつは形あるものが相手にダイレクトに届くから。デジタルが受動的な広告なら、紙媒体は能動的。処分するにも必ず一度は手に取るし、人は自分に宛てられたものに特別感を抱く。そこにお得な情報がないか確認してから捨てる人が大半だと思うんだ。それに、紙に印字された情報が勝手に変わることはないから、デジタルにはない安心感があるのかもしれない。流し読みできないところも大きな違いかも。あ、新聞の4コマ漫画コボちゃんを除いては。」
4コマ漫画の流し読みも難易度が高いが、デジタル広告が受動的なものであることは納得できた。

2022年日本の広告費より

「もうひとつ理由があるとすれば、デジタルに対する人間の抵抗みたいなものもある気がする。要するに、利便性が最優先ではないということだね。
例えば、音楽のレコード盤が現代でも廃れていなくて、むしろ味があると言われるのに近いかもしれない。音楽を聴くツールがレコードしかなかった時代は、あの大きなレコード盤を買って、針を当てて、振動で音が飛ばないよう気をつけて聴くことしかできなかった。その後、カセットテープやフロッピーディスク、CD-ROMとか、クリアな音を追求してどんどん新しい商品が開発された。でも混じり気のないクリアな音を聴けることだけが果たして正解なのか。かつて最優先で求められていたことが、技術が発達した現代では、それ以上に重要視するポイントがある。Kindleで100冊の本が読めることよりも、自分の好きな単行本1冊を大切に持ち歩くように。非効率な方が人間には沁みることもあるんだよね。そういう意味で広告に通ずる部分があると思っている。」
 
■デジタル疲れとリアル疲れ
2019年12月初旬、中国武漢市で第一例目の新型コロナウイルス感染者が報告されて間もなく、世界中でウイルスが蔓延した街から灯りが消え、店舗も軒並み閉店状態でゴーストタウン化した。行動制限がかけられ自由に外出できなくなって以来、仕事も買い物もすべてオンライン上で完結することが多くなった。
一歩も外に出ず、誰にも会わなくても生活できることが分かってしまった今、人と対面で話す機会がめっきり減ってしまったが、特に不都合かと聞かれればそうでもないのが正直なところ。むしろオンラインの方が便利で楽だと思うことの方が多いかもしれない。
日々の生活時間の大半を占める職場においても同じことが言えるのだろうか。
「自分の場合は、リモートワークに慣れすぎてむしろリアル疲れしているかな。もちろん、リアルに人と会って商談やミーティングをした方がニュアンスの齟齬がないし、仕事がスムースに進みやすい。だけど、やっぱりリモートは楽。わざわざ出向いて話をする時間もいらないから、その分ほかの業務に充てることができるし。慣れって怖いね。」個人的には、怠惰になっただけではないかと思い、さらに深掘りしてみた。
「一般的にリアル疲れが叫ばれるのは、現場での交渉や打ち合わせが多い営業職の割合が、事務方人材より低いからだと思う。事務職だったら、誰にも邪魔されず自分の仕事に集中できる環境の方が大切でしょ?逆に、営業職の方がリアル疲れしている人が少ない傾向にあるのは間違いないだろうね。あとひとつ、もう何年も社会人をやってきた人からすると、毎日満員電車に揺られて同じ時間に出社するのが当たり前だけれど、若年層はそうじゃない。人に会わないことがデフォルトの世代。会社の20代の後輩たちを見ていると、人と会うこと自体、面倒で非効率と思っている節があるけど、お互いに違う当たり前を持っているから、そこは別物として受け入れる必要があるのかもしれない。リモートがデフォルトの彼らにとっては、リアルの方が異世界みたいに感じていたら面白いよね。」
なるほど、世の中の当たり前が変わるとはこう言うことかと、とても共感した。
 
■人類総メディア時代の到来
コロナ禍によって大きく変化したのは働き方だけでなく、欲しいものの見つけ方・選び方も同様である。
 かつてはテレビCMで流れた商品や、雑誌で取り上げられた商品こそ信頼性が高く、きっと良い商品だろうと判断され購入に繋がることがほとんどだった。だが、スマートフォンが普及して以来、若年層を筆頭にテレビ視聴者が年々減少。反比例するようにYoutubeやSNS(ソーシャルネットワークサービス)利用者が急増し、欲しい情報はネット上で取得するのが当たり前になった。
これまでファッションの絶対的お手本だった雑誌のモデルはSNS上のインフルエンサ―に取って代わり、同じ一般人目線だからこその安心感や親近感から強い影響を及ぼしている。実際に購入してみてどうだったのか、商品のデメリットやマッチする人のタイプまで紹介してくれるところは魅力の一つと言える。また共有することを好む現代の若者との相性は、いわずもがな抜群だ。
そんな人類総メディア時代の広告に重要なのは、感情を大事にすることだと服部氏は語る。
「Chat GPTが台頭して、自動で文章生成が可能になった今、果たして人が書くことに意味があるのか疑問視されることがあるよね。僕からすると、考えるまでもなく絶対に意味はあると思っている。
 確かに、過去のデータを数値化して最適と思われる回答を出すことはできるかもしれない。既にそれができる状態にあると思う。だけどそれは、最適である確率が高いという話であって、そこに人間の感情は1ミリも入っていない。だから、それっぽい文章が生成できたとしても、果たしてそれが面白いのか、人の心に刺さるものなのかはまったく別問題だと思う。広告コピーも同じことが言えるよね。
 人間とAIの違いで言うと、人間は何かが起きたときに普段と違う選択をするというところにあると僕は思っていて。例えば、人は空腹状態によって食べたいものが変わることがあるし、失恋したけど悲しい曲が聴きたくない時だってある。その時たまたま雨が降っていたら、大勢の友達と一緒にいて悲しさなんて吹っ飛んでいたら。さまざまな状況変化があるから、正解はこれ一択!ってことはほぼ不可能に近いと思っている。
仮に、そういう人間のエモーショナルな部分が理解できるくらい感情を持ったものに進化としたら、その時は新たな変革期になるだろうね。しばらくの間は時間はかかりそうだけれど。」
 確かに、今は目新しさからAIだけで生成されたCMや広告が注目されることもあるが、いくら技術があっても気持ちのない作品では伝わりきらない部分があるとすれば、AI生成版をうまく活用するスキルを身に付ける必要があるのかもしれない。

※伊藤園公式キャンネル


■デジタル広告とこれから
 実世界とネット上の世界、2つの世界を生きる現代人は膨大な情報に塗れている。新しいもの、面白いもの、さまざまなコンテンツがある中で、いかに注目してもらうかが広告の課題のひとつ。
「デジタルが発達してよかったことがある。ひとつは、さまざまな媒体で同時に広告が打てるようになったこと。
 例えば、新発売の飲料水の広告を打つ場合。主流は、テレビCMや駅貼りポスターの掲出。今はそこに、SNS広告が追加でできるようになったのがとても大きいね。
なぜなら、媒体が増える分、広告との接触機会が増えるから認知度アップに繋がる可能性も上がるわけで。認知度は信頼性に変わるとても大事な要素なんだ。テレビCMがきっかけで商品を買う層と、SNS広告がきっかけの層はまったく別。だからより広く周知できるというわけ。
 もうひとつは、二時的に話題になりやすいこと。
仮に、「新発売の飲料水のCM面白い」、「気になる」など、X(旧Twitter)やInstagram上で拡散されることで、二時的に反響が出ると言う動きのこと。いわゆる「バスる」という現象だね。このバズがまたニュースになったときの反響は絶大だからね。
ただ忘れちゃいけないのは、広告の最終目標は、ただ広めるではなく、PRしたい商品が売れることと、広告主に喜んでもらうこと。それを必ず念頭に置いていなければ人の心は動かないし、結果的に売れない可能性が高くなると思う。
 時代の流行や媒体の違いはあるにせよ、それだけは意識して取り組むように気をつけている。」
広告は、今後も速度を増して変化し続けていくことが予想される。そんな時代の中で、データに基づく最適な広告だけでなく、人の心を動かすような新しい広告をひとつでも多く発信したいと服部氏は語ってくれた。
そんな発信側の思いを知った今、新たな目線で、流行に乗り遅れず、AIにも負けず、気持ちが真ん中に置かれた広告に注目したい。

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