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社会変革できなくても身近なコミュニティが大事だと思った話

いつからか「コミュニティって大事だよね!」って、思うようになっていて、どうしてこんなにコミュニティを意識し始めたんだろう?っていうことを振り返ってみました。


大学と大学院で、音楽とか心理学とか勉強して、色々勉強していく中で「コミュニティ」とか「地域支援」とかに興味持つようになっていきました。

その一つのキッカケは、学生主催の団体に入って、フィリピンのストリートチルドレンの子たちと合奏する、という体験。


ストリートチルドレンとかスラムとか、参加当初は映画でそういうのを観て得たくらいの知識で、
なんとなく、「そういう世界はそういう世界のまま」っていう認識で、
なんとなく、社会の問題ってきっと変えられないものなんだな、って無意識に思ってたんだと思います。今振り返ってそう思う。

でも、その団体に参加して、現地で活動してるNPOの働きとか見て、
こうやって社会に変化を起こしていくシステムが作れるんだ、って無知ながら衝撃を受けました。

そこから興味持って色々と勉強して、
ベネズエラのエルシステマとかも知って、
音楽教育が社会変革に関わっているって、そんなことあるんだ!と更に衝撃を受けまして、

日本の事例だと、朝ドラの「あまちゃん」の作曲家の大友さんの活動とか。この本は面白くて何度も読んだ。

勉強していくと色々な事例があって、知っていくことがおもしろくて、気付いたら「コミュニティ」ということにすごく興味を持っていました。


ただ、上記の事例は社会を変えていくような大きな動きで、素敵なことだと思いつつも、自分とは無縁だしなぁ〜と思いながら、私は自分の仕事をやるのみだな、と働いています。

その中で思い始めたのが「仕方ないって思わざるを得ない社会だな」ということ(よければ前の記事を見てみてください)。

医療機関とか、行政関係とか、職場は転々としてしまったけど、その経験の中で思ったのは、行政でも企業でも手の届かないところは意外とあるなってこと。そうなると、家庭とか地域とか、そういう身近な生活が、結局重要なんだなとも思っていました。(ただここらへんは自分の中でもまだ明確に言語化できない部分。もう少し、実感を伴って言語化できるよう、ここは私のこれからの宿題)


社会のシステムとか、そういう大きな部分の変化ももちろん大事だけど、小さな変化とか、少しずつ変わっていくことも認められるようになると良いなと思ってます。

個人的には、小さなコミュニティが沢山あって、自分が参加しやすいものを選択する機会があると、生きやすいのかなと思っています。参加しやすいってのが大事かな、と。また、「参加しやすい」が「居心地が良い」になっていけば尚良いとも思ってる。「居心地が良い」っていうのは「自己表現できる」っていう枠組みを作ると思うので。

そして、そんな小さくて良いから居心地の良いコミュニティを作りたいとも思ってます。

その具体的な場が何になるのかはわからないままで、目に見えやすい「場」として、カフェとかかな?とも考えていたけど、それがマッチしているのかはまだわからず…

とっても抽象的なので、もっと具体的に言語化して説明できるようになったら、もう少し自分の考えもまとまるような気がしてる。。

(アイディア募集中です💡🙄)

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