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「女記者が見た、タイ夜の街」第2回:コロナ禍の日本式風俗店に潜入


■コロナ禍で闇営業

2020年6月のある平日の昼間、タイで新型コロナの影響を受けた厳しいロックダウンが敷かれている中、私はバンコクの人通りのない路地に足を踏み入れた。

目の前には、派手なピンク色で「Doki Doki Massage」と書かれた看板。日本でいう「ファションヘルス(注1)」に位置づけられる風俗店で、当時、雇われ店長だった日本人のA氏に取材できることになったのだ。

日本人が多く集まるこのエリアには、日本式の風俗店が多数出店しており、日本語の看板さえよく見かける。日本人客に対応するため、店長が日本人というケースも多い。当時はロックダウン下で、マッサージなど人が密に接触する店の営業は禁止されていたが、一部の風俗店は秘密裏に営業していた。

看板以外は一見、ほかのマッサージ店と変わらないような店のドアを開けると、そこには両側にソファが並べられてあり、右側の列には、短い丈のトップスとミニスカートをはいた女性らが10人ほど座っていた。

「店に私のような外国人の女が入り込んできたら、何事かと思われるかもしれない」

当初はそんな心配もしたが、A氏が女性らに取材のことを事前に説明していたようで、特段驚かれることはなく、みな普通に「サワディーカー(こんにちは)」と、あいさつしてくれたのだった。

■違法に風俗店を運営できる理由

「はじめまして、こちらにお座りください!いや、お客さんは全然来なくてね、暇ですよ~」

店の奥のカウンターにいたA氏が、私を見るなり饒舌に話し始める。

A氏はガタイがよく、片方の頬に大きな傷があり、見るからに「怖い人」なのだが、話し始めるときさくで、どんな質問にも躊躇なく答えてくれるのだった。

例えば、なぜ売春が違法であるタイで、しかも日本人が、風俗店を運営することができるのか?

A氏によると、まず毎月の店の運営料として、タイ警察の複数の部署に賄賂を渡しているという。金額はその時の情勢によって変わるようで、完全に担当する警官の裁量によるそうだ。

当時はコロナ禍で、夜の街の店には全て運営停止命令が出されていた為、「通常より多くの額を求められて困っている」と話していた。

また、日本人がタイに長期滞在するためのビザについては、観光ビザの期間内で出入国を繰り返す「ビザラン」をしている人もいれば、事業の実態のないペーパーカンパニーをつくり、その社員になっている人もいるという。

A氏は「警察を味方にさえつけていれば、特に問題になることはない」というが、逆を言えば、タイ警察に嫌われれば、その時点で撤退を余儀なくされるという綱渡りだった。

■風俗嬢の8割がシングルマザー

A氏と話し込んでいると、店のドアが開いた。後で聞くと、その日初めての客だった。男性は左側のソファに座り、一列に並んだ女性らを眺め、ほんの数秒で好みの娘を選ぶと、別室に消えていった。

A氏によると、その男性はシンガポール人で、コロナ禍でも関係なく、昼間からよく店に訪れるという。ロックダウン中のバンコクでは、厳しい規制下でも闇営業している店は多くあったが、未知のウイルスへの恐怖が蔓延していたことや、多くの日系企業で「夜の街を出歩かないように」というお達しが出たこともあり、日本人客はぐっと減ったそうだ。

そのような状況下で、店で働いていた多くの女性らが故郷に帰ってしまったが、それでも半分以上がまだ店に残っている、ということだった。

そのうちの1人がメイさん(23歳)だ。メイさんは幼い子供2人を抱えるシングルマザー。ショートカットが似合い、とても華奢な体系で、2人の子供がいるとは思えなかった。

店が20年3月に営業を一時停止した際、東北部の実家に帰省したが、生活苦から6月にまたバンコクに戻ってきたという。

「この仕事は嫌いだし、コロナは怖いけれども、生きていくために働かなければならないの」と、辛い心境を語ってくれた。

メイさんは子ども2人のほか、実家の両親、親戚にまで生活費を送り、面倒を見ているという。子どもの父親の行方を聞くと、悲しそうな表情になったので、それ以上は聞かなかった。

東北部出身のエイミーさん(25)も同じくシングルマザーで、子どもや実家の家族6人を養っているという。

「お客さんが来なくて、4~5日間無収入なこともある。他の職を探してみたけど、どこも人員を削減している中で、選択肢がないの」と、悲痛な胸中を語ってくれた。

性風俗従事者の人権保護を訴える団体「エンパワー・ファンデーション」によると、タイでは性風俗産業に100万人以上が従事しており、そのうち8割がシングルマザーだという。A氏の店で働く女性も、大体8割がシングルマザーということだ。

■田舎から風俗に、背景に男尊女卑


まだまだ若い彼女らが、なぜこのような重い責任を1人で背負わなければならないのか?

その背景には、タイ仏教の根底にある男尊女卑の思想がある。

2000年に発刊された「タニヤの社会学」には、このような記述がある。

「タイ仏教では、女性の存在は解脱を志す者に欲望と快楽への執着を促す象徴とみなされ、女性の出家を認めていないどころか、女性として生まれたこと自体、前世での悪い行いの結果であり、来世で男性に生まれ変わるために功徳を積まねばならないとし、タイ社会に男尊女卑を根付かせた要因となっている」

「一家に男子がいれば、一時的にでも出家することができ、同時に母親である女性も功徳を積むことができる。しかし、出家できない女子は別の形で親孝行しなければ、仏教徒として功徳を積むことができない。家事の手伝い、小さい妹や弟の世話、農作業、親が年を取れば生活全般の面倒まで、半ば義務として娘に課せられてきた」

「たとえ売春婦になっても、バンコクで高収入を得て、実家を建て替えれば、村一番の孝行娘と評判になり、続けとばかりに娘たちが村を出て、バンコクの性産業に吸収されていく。逆に村に残って学校に行きたいと言えば、親不孝娘とされる」

いまは近代化が進んでいるタイで、バンコクのような都会にいれば、こうした露骨な男尊女卑的思想を目の当たりにする機会は少ない。しかし、東北部のような一部の農村地域では、いまだこうした思想が根強く残っているという。

そしてこの思想こそが、タイをセックスツーリズムの一大国家に築き上げ、貧富の格差がいつまでも解消しない大きな要因になっているのだが、これについては、別の回で詳しく見ていくことにする。

■噴出する日本人客への不満


女性たちへの取材を終えた後も、A氏は話し足りないようで、さまざまなタイの性風俗事情を教えてくれた。やがて、話は日本人客への不満になった。

「日本人は本当にケチになった。中国人は、気に入った女性なら金に糸目はつけない。インド人は、安ければなんでもいい。好みにうるさい上、値切ろうとするのが日本人だよ」と形容し、日本人客の扱いが最も手が掛かると指摘する。

さらに、女性たちの前で、「この子は可愛くない」「この子は胸が小さい」など、日本語で女性らの悪口を言う客が許せないという。

「タイ人でも日本語が少し分かる女性たちも多いのだから、女性の前でそんなことをいうのはマナー違反だ」と憤慨していた。

そんな話を聞いていると、数時間が経っていたが、その間に店を訪れたのは、先ほどのシンガポール人男性だけだった。

待機している女性らは、何時間もスマホで動画を眺めたり、露店で買った果物を食べたり、その辺の猫と戯れたり――。まるで時間が止まってしまったかのように、同じ光景が続いていた。

今回は5人の女性らに話を聞いたが、みなが「金を貯めて早くこの仕事をやめたい」といい、「将来は自分でカフェを経営したい」と、夢を語ってくれた女性もいた。

一方でA氏は、「一度この仕事で大金を稼げることを知った娘たちは、年老いて働けなくなるまで、絶対にやめられなくなる」と断言する。

タイ仏教の思想は納得できない部分が多いが、その教えに則せば、彼女らは嫌々ながらも体を使って金を稼ぎ、両親に親孝行することで、多くの功徳を積んでいることになる。

どうか来世と言わず、今世で大きな幸せが、彼女らに訪れてほしい――。神仏を憎みながらも、そう祈らずにはいられなかった。

※タイ人女性や店舗名は全て仮名

(注1)ファッションヘルス:店舗内のパーテーションで区切られたスペースで性的サービスを行う。ソープランドと違い、浴室がない。
 
 
 


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