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読むたびに印象が変わるんです

―― 香田さんは近年読書家として知られるようになり、お仕事の幅が広がっていらっしゃいますね?
香田 そうですね、こうして雑誌やテレビで取り上げて頂いたことで随分色々な経験をさせてもらっているな、と感じます。コラムの連載や朗読会といったイベントに参加することで知見が広がり、俳優業の方にもいい影響があると思っています。おかげで着々と個性派俳優としてのキャリアを積めていますよ(笑)。
―― すっかり若手の名バイプレーヤーとして世間に認知されてますね。
香田 ありがたい事です(笑)。でも一度でいいから主演を張ってみたいですよ。いっつも宣材ポスターの端の方にちょこんと放り込まれてばっかりですから。一生に一度はポスターの中央にでかでかと僕の顔がドーン! となっている所を見たいですよ(笑)。
―― 香田さんならいづれオファーが来ますよ。
香田 どうかなあ、今撮影している『エリア108』でも監督に『もうちょっと個性を抑えてくれ』なんて言われるんで。主演の田野くんにも『俺の演技食わないでくださいよ(笑)』って言われたら、ねえ。
―― 個性派俳優にもいろいろあるんですね。
香田 視聴者は絶対僕の変なシーンやキャラクターを楽しみにしていると思うので。そのせいで作品のバランスが崩れたら本末転倒ですけどね。何とかスタッフと演者のみんなとコミュニケーションを取りながら、ちょうどいいラインを探っています。
―― こうした個性的な演技に読書は役立っていると思われますか?
香田 間違いなくなっていると思います。もちろん楽しいから読んでいるのもあるんですけど、文章だけで状況や心情、人物について表現しなければならない以上、それらを表現する言葉ってすごく丁寧だったり情熱的だったりと考え抜かれていると思うんですよ。俳優としてその役を表現するとき、この状況ではどんな思考を巡らしているのか、この人物はどのような論理や感情で生きているのか。小説だとそれを文章で表現することを、僕は体全体で表現する。小説だと頭の中で作品をドラマ化して読む人がいるじゃないですか。僕も同じで、頭の中で作ったドラマを自分の体で出力する。僕はそういう風に演技していますね。だからいろいろな本を読む事は、僕自身の演技パターンが増える事でもあるんです。といっても変な役しか来ないから、主役じゃなくて変な脇役の解像度が最近は増しているんですよね(笑)。
―― 今回のインタビューのテーマである『人生を変えた1冊』もやはり演技にまつわる本なのでしょうか?
香田 いえ、演技というより人生観を変えてしまった本ですね。この本が無かったら僕は演劇の道を志していなかったと思います。
―― その本というのが。
香田 はい、『シェイプシフター』という本ですね。ダニエル・コッコネンというフィンランドの作家の長編なんですけど。
―― フィンランド、ですか。
香田 ええ、ジャンルとしてはSFなんですけど、どちらかというとスペースオペラですかね。ハードなSFじゃないです。でも物語は結構ハードなんですよ。銀河帝国の貴族だった主人公が家族と地位をテロで失い、テロを実行した黒幕を見つけるために道化師になって王宮に潜入する、という話です。『リュパン』や『007』の様な潜入アクションものなんですけど、主人公が潜入するために取る変装が毎回個性的で、どうやってその格好で潜入を成功させるんだって思うんですけど、いっつも奇想天外な方法で成功させるんですよ。それが演じる事への興味を掻き立てられたのか、今こうして俳優をやっているのかもしれませんね。
―― 文字通り『人生を変えた1冊』という訳ですか。
香田 そうかもしれませんね。初めて読んだのが中学生の時なんですけど、それ以来何度も読み返しています。『シェイプシフター』は読むたびに印象が変わるんです。例えば、主人公がサーバールームに侵入するこのシーンなんですけど、主人公がシステムエンジニアのふりをしてスーツ姿になるんですけど、前読んだときは防寒対策でゴリラの着ぐるみを着ていたんですよ。確か最初読んだときは青い作業服姿だったかな。他にもバニーガールの恰好だったり、ガソリンスタンドの店員だったり。毎回毎回読むたびに違う格好をして違う解決法を取るのが面白くて。初めて銀河皇帝の前で芸をするシーンも、今は全身タイツに猫を模したメイクと書いてあるでしょう。前読んだときはドジョウ掬いだったんですよ、ドジョウ掬い。後は京劇の変面だったり、10連続パターチャレンジだったりと読むたびに違ったことをしてくれるんです。どうかされました? 顔色が悪いようですが。あっ、本が閉じちゃいましたね、もう一度開きますね。ああ、ちょうど内容が変化していますね、これは、皇帝陛下の御前のシーンがヘビメタ漫談になっていますね。読んでみてください、ほら、ちゃんと主人公がギターを持ってエフェクターを操作するシーンになっているでしょう。こういう所が面白いんですよ。どうしました? 顔から血の気が引いてますよ? え、本が書き換わったって、そりゃあ『シェイプシフター』ですもの、ね。

#2000字のホラー

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