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「将来の夢」を発表するのが嫌いだった

「私には夢がない。」

これがずっとコンプレックスだった。

保育園の卒業式の時も、小学校の自己紹介の時も、中学校の英語のスピーチの時も、高校の進路選択の時もずっと、「将来の夢」を発表するのが嫌だった。なぜなら、私には夢がなかったから。

「仮面ライダーになりたい」「プロ野球選手になりたい」「女優さんになりたい」「宇宙飛行士になりたい」etc...。周りの子にはたくさん夢があったけれども、そんなの叶うわけないと思っていた。大人たちがテレビや何かで子供の頃の夢の話をするのは、それが現実にはならなかったからではないか、と漠然と思っていた。そもそも、夢を叶えるのってめちゃめちゃ努力が必要で、努力した人の中でもほんの一握りの人しか報われないと思っていた。(今思えば、何と現実的で可愛くない子供だったんだろう笑)

中学生の時は高校でいろいろな人と会って、たくさん勉強して行事や部活に全力で取り組めば、その中で自分に会うものが見つかって、そこから夢は見つかると思っていた。高校3年生になると、大学でとりあえず興味のあることを勉強すれば、夢が見つかるだろうと思っていた。

でも実際、

そんな簡単には見つからなかった

なのに、周りからの夢がない人への風当たりは強い。「子供らしく夢をもて!」「夢のない人生はつまらない」「やりたいことないのにどうして大学に行くの?」etc...。これらのいくつかは真っ当な指摘だとは思う。だけど、夢がないのってそんなに悪いことなの?あるに越したことはないけど、ない人を馬鹿にするようなものでもないのでは?そうやってモヤモヤを抱えて過ごしていた。

現在大学生。

周りには、小学生の頃から教師になる夢をもっていて教育学部に進んだ子、通訳になりたいと言って海外大学への進学を決めた子、ミュージシャンになりたいといって大学を休学している子、おしゃれが好きで憧れのアクセサリーショップに就職した子...。どんどんと夢の実現へと近づいている子がたくさんいる

そんな中私には、今も夢がない

だから、結局は、

「夢を見つけたい」

これが私の夢なんじゃないか。こんなに長い間考え続けてきたから、もしかしたら、下手に夢が変わる人よりも長い間思い続けているのかもしれない。最近ふと、こう考えるようになった。(いや、想像してた夢と違う笑)

「夢がない」と焦っている状態よりも、「夢を見つけるのが夢」と言い切れる方が、精神的にも良い。何より、それを実現するためには何をすれば良いのかということをを考えやすくなった。不思議と、アイディアが出てくるし、想像が膨らむ。

どんな行動をすれば、夢が実現できそうか。まずは、行動してみる。計画を立てて実現できるものではないとこれまでの経験からわかっている。色々なことを知って、見て、感じて、表現してみる。ありきたりだけど、とりあえずやってみようという心意気で。

夢が見つかって、夢が叶ったら、今度は今の私のように夢がなくて苦しい人たち「夢は絶対に見つかるよ!」って声をかけてあげられる人になりたい。もしくは、「夢がなくても、それを探し続けることで人生は楽しくできるよ!」でも良い。今と昔の自分を支えてくれるような人、背中を押してくれるような人になる。そのためにも、必死に努力して、もがいて夢を見つけるという夢を叶えたい

今は、〇〇したい。ばかりでの口先だけ人間だけど、必ず、「したい」を「した」に変える。

おわりに

最後に、「夢」に関する私の好きな言葉を載せておきます。この本を読んだ当時は中学生で、もちろん夢はなかったけど、この言葉はすごくカッコよかった本文の文脈とは少しずれてしまうかもしれないけれど、夢を夢のままでは終わらせない。夢の実現のためには当人にだけ見える道があって、それを一生懸命歩いていく。そんな様子が想像できる言葉です。

「本当に夢を叶えた者にとって、夢は偶然なんかじゃない、夢はきっと必然なんだ。」はらだみずき|サッカーボーイズ13歳 雨上がりのグラウンド|角川つばさ文庫

夢を叶えるためのアクションの一つとして、noteの投稿をしてみました。決意のつもりの自己満足かもしれないけど、定期的に更新していきます。


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「夢を見つけることが夢」