見出し画像

シドニーとメルボルンの対決

オーストラリアでは内輪の対立がある

1770年にジェームズ・クックがシドニーに上陸して領有を宣言し、東海岸をニュー・サウス・ウェールズと名付けた。シドニーはそれ以来、オーストラリアの中心であった。しかし、1851年にバララットで金鉱が発見されたのを機に、ビクトリアがニュー・サウス・ウェールズから独立する形で成立した。メルボルンはイギリスとの航路で近距離であり、ゴールドラッシュによってビクトリアが最も豊かな州になったため、中心はメルボルンに移ってしまった。ゴールドラッシュ終焉後、再びシドニーが最大の都市に返り咲いたが、大企業や金融機関の本部はメルボルンから移動しなかった。1901年にオーストラリア連邦が成立するとメルボルンが臨時首都に選ばれたが、シドニーとメルボルンの対立のために、1927年にキャンベラが正式な首都となった。1956年には南半球最初のオリンピックがシドニーではなく、メルボルンで開かれ、テニスのオーストラリアオープンもメルボルンで行われている。シドニーオリンピックは2000年である。現在でも双方ともに500万人程度の人口を持ち、五分五分の状況で競争を続けているようである。筆者もシドニーの人から、メルボルンはいつも天気が悪くて寒いし、シドニーのほうがよっぽどいいねということを聞いたことがある。
ここではこの二つの都市を対比して眺めてみたい。

シドニーといったら湾やハーバー

ダーリングハーバーやサーキュラーキーは素敵な場所である。にぎわっているし、都会的な明るい雰囲気だ。

ダーリングハーバー

ダーリングハーバーは、セントラルからもそんなには離れておらず、コンベンションセンターやwild life sydney、オフィスやホテルが囲っている。多くのレストランも立ち並び、夜景もよい。

ダーリングハーバーの夕方

サーキュラーキーはフェリーターミナルだ。ロイヤルボタニカルガーデンの先に位置し、そこから各方面へフェリーがでている。大型客船埠頭もあり、多くの旅行者がいる。タロンガへもここからゆく。サーキュラーキーの隣はロックス、そして逆側の先にはシドニーオペラハウスがある。

世界遺産のオペラハウス

大型客船、ハーバーブリッジとともにこれぞシドニーという風景をみせてくれる。

ハーバーブリッジ

街にはトラムが走り、タウンホールやクイーンビクトリアビルディングのような古い建物も残っている。

シドニータウンホール

ロイヤルボタニカルガーデンはジョギングするのに大変結構な場所である。西にはブルーマウンテンがあり、ハンターヴァレーはワインで有名だ。

一方、メルボルンはヤラ川

ヤラ川は河口のドックから街を経由し、メルボルンパークや植物園を通って、田舎のほうへ続いてゆく。

プリンセス橋からヤラ川とメルボルンシティセンターを望む

メルボルンの市街地はコンパクトで端から端までジョギングできるくらいだ。市街地のトラムは無料。ヤラ川では毎朝カヌーやボートの練習をしている人たちや川沿いをジョギングしている人たちでにぎわっている。

フリンダースストリート駅

フィリンダースストリート駅はサザンクロス駅と並ぶ大きな駅だが、昔の建物が残っており、夜はカラフルにライトアップされる。

紫のフリンダースストリート駅

フリンダースストリートはヤラ川沿いの通りでそこから各方面へトラムがでている。そして、街の外れには世界遺産の展示館がある。

世界遺産の王立展示館

西へ海岸沿いをすすむとグレートオーシャンロードにつながり、その先には12アポステルという風光明媚な海岸がある。ヤラヴァレーはワインの産地だ。
ちなみにメルボルン周辺の地形は愛知県にそっくりである。メルボルンがちょうど名古屋の位置にあるので、オーストラリアの名古屋と呼びたいところである。

どっちもどっちだ

シドニーは東京から9時間、メルボルンは10時間である。シドニー空港から市内までは電車で10-20分でセントラル駅に着く。一方メルボルン空港からはスカイバスが30分くらいでサザンクロス駅まで運んでくれるが、ウーバーのほうがフリンダースストリート駅へは便利だ。
双方ともにトラムが走り、世界遺産を持つ。王立展示館は2004年、オペラハウスは2007年に登録されている。オリンピックもメルボルンが1956年、シドニーが2000年にそれぞれ開かれている。またどちらも郊外に大自然がある。
しかし、こういってはなんだが、どちらのそんなにみるものはないし、食べ物もぱっとしない。ただ、ワインはどちらもおいしいので、みなさんも機会を見つけて行ってみるといいかも🦆。

(May/2023)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?