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源を思い出す~「海獣の子供」

 初めて宇宙を感じたのはTVで砂マンダラを見たときで、あんなに壮大な絵柄が砂で出来ていて、あっというまに壊されて砂粒に戻ってしまうことに衝撃を受けた。

 大人になってからは「ミクロコスモス(小宇宙)とマクロコスモス(大宇宙)」という思想に惹かれた。

 人間のしくみと宇宙のしくみは同じで、お互いに繋がり合っているという考え。
 例えば大宇宙が砂マンダラの絵柄なら、私はきっと一粒の砂である。
 そして、私という砂の中に、また大宇宙が存在する。

 映画「海獣の子供」は、予告編で見た映像と音楽に惹かれて観に行った。

 予告編で見た当初は「海の映像が美しい、子供時代に体験したファンタジー」な話だと思っていたが、観終わって感じたのは、がっつりとミクロコスモスとマクロコスモスの話だったということ。

「そもそも、大宇宙と小宇宙って何?」
 と感じる人は、Powers of Tenという動画を見るといいかもしれない。
(ネタバレにはならないです)

 「海獣の子供」は、居場所がないと感じている人たちが、その場所を改めて取り戻すのと同時に、私たち生命の居場所は地球であり宇宙である、と伝える壮大なファンタジーだ。

 とはいえ、その答えをはっきりと言葉で明示することはなく、ひたすら海に足を浸したり、魚と泳いだり、風や音を感じたりという「感じさせる」映像が次々と流れていく。

 考えるな、感じろ!というセリフはブルース・リーだが、海獣の子供もまた、同じテーマなのかもしれない。

 ただ、ミクロコスモス&マクロコスモスを暗示させるような映像がたくさん出てくるので(海が宇宙に見えたり、子宮と宇宙がリンクしていたり)、感じるだけではなく、ヒントを探すように目を見開くとかなり面白い。

 身近な世界と、大きな世界はつながっている。

 自分が神秘や哲学に惹かれるようになったきっかけを思い出すような映画だった。

 最近「居場所」がテーマの本や映画が多いなあと感じる。
 窮屈なのか、居場所にこだわりを持つ人が多いのか、どっちなんだろう。(両方かも?)

<Spark Joy!>

★とにかく絵がひたすら美しい。
写真のようにリアルに感じるときと、イラストっぽく感じるときのミックス具合が絶妙。
水中で泳いでいるときや魚たちの様子がまさにリアルで、あの動きを作るのって相当大変だったのでは。
この映画を見たら海や水族館に行きたくなること必至。

★音楽も良い。
久石譲です。水のキラキラ感が音になっていて素敵。

<Please!>

★国家権力のような存在は要らなかったのでは…とふと思う。
(ちょっと話がわかりにくかったし、あまり大筋に関係なかったような気もした)

★フィリピン海沖で発見された空と海が何故日本語を話せるのか疑問に…
(言葉・検査など、時系列がいまいち
未読だが原作があるので、そちらではきちんとわかるようになっているのかも。
原作あるものを映画化するときは、情報の取捨選択が難しいな。

<海獣の子供>

公式サイト


監督 渡辺 歩
音楽 久石 譲
原作 五十嵐大介
キャスト 芦田愛菜 石橋陽彩 (レディプレイヤー1の森崎ウィンくんも出てた!)

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