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今こそ、世界最高の90分を。

正直、緑と白の姿に覚えはない。

ただ赤い悪魔を身に纏い、イングランドの芝を駆け抜けていた記憶は忘れようがない。

速さでブチ抜き、足下で惑わせ、肩の高さまで跳び、長距離から砲撃する。深くまで抉れば光線のようなクロスを逆足だろうがラボーナだろうが飛ばしてくる。

無茶苦茶だった。スピードもスキルもフィジカルもパワーもあって、数多のアイデアに支えられる決定力が段違いすぎる。

バルセロナでロナウジーニョが下降線を辿る時期、クリスティアーノ・ロナウド擁するユナイテッドがミランに次いで欧州の覇権を握ったのは、彼を中心に潮目が変わると察するに十分な結果だった。

運命の交叉が翌年に訪れるとは思いもしない。

グアルディオラの魔法で渇きと飢えを取り戻したバルセロナは、レアルへ6点ブチ込んで花道の屈辱を叩き返し、リヨンに5点放り込んで不調を立て直した。

目の色を変えて敵を蹴散らし、圧倒し、喰らい付いて這い上がった08-09季のCL決勝。2年連続の優勝を狙う赤い悪魔に何もさせなかった。

それぞれの師の下で怪物と化したメッシとロナウドはローマで相対したが、個のぶつかり合いよりもチームの彼我の差を記憶に残した。

ただ、ここから実に9年、リーガでメッシとロナウドが鎬を削ることを思えば序章に過ぎない。

彼がレアルに移籍したことで直接対決の機会が増え、そのたびにメディアが煽る。

関係性を無理に作り出して双璧として取り扱うことはよくあるが、この二人は違った。本当に人を辞める勢いで競い合い、得点がインフレする。

メッシが得点すればロナウドが決める。ロナウドが得点すればメッシが決める。片方が結果を残せばその倍を決め、出し抜かれては追いつき、追い越しては追いつかれてきた。

11-12季、メッシはリーガで50点をぶち込んで話題になったが、当のロナウドは46点決めている。3位ファルカオの24点が霞んで見えるこの不思議。

「持っている」男達は記憶に残るゴールも量産した。国王杯でトドメを刺す高いヘディング、終了間際にベルナベウをお通夜にした左足。

味方には神、敵には悪魔の決定力で記録を塗り替えながら、毎週歴史に名を刻んだ。

壮絶な競い合いの中、バロンドールが互いの手元を行き来するようになる。名実ともに「世界最高のサッカー選手」となる賞の意義が問われる年すらあった。

互いの存在が互いの力を引き上げ、いつしか特異点となった。世界で何億といるサッカー人口のうち、たった2人の傑物がサッカー界の常識を歪めていく。

その様を9年も観ることができた。

奇跡と言わずして何と言おう。

ここ十余年、レアルとバルセロナの激しい潰し合いの中で、メッシとロナウドが同時に存在した時期がどれだけ大きかったことか。どれだけの人が熱狂し、胸を熱くしたか。

それを観戦できることがどれだけ奇跡的だったことか。

「どちらが上か」なんて議論に意味は無い。生ける伝説という肩書に違和感を覚えない時点で、二人とも臨界点を超えている。

それに、ロナウドが居なければ今のメッシはきっと無い。逆もそうだと信じている。

見たことのない景色を見せ続けてくれた。手放しの敬意とともに、あの時期を生で観られたことに心の底から感謝したい。

ロナウドがリーガを去って、早2年半が経つ。

当のロナウドもメッシも、超人的なプレーを繰り出してはいる。そんな二人がCLで再び会敵することへの喜びは計り知れない。

昔と全く同じとはいかない。歳も重ねた。チームも環境も変わった。

欧州でプレーしていれば、サッカー選手を辞めさえしなければ、闘う機会はゼロではない。今年に限っても、決勝ラウンドで再戦する可能性すらある。そんなことは分かっている。

それでも、先の保証もない中で迎えた最高の贅沢だと思う。終章を察して「これが最後かもしれない」という焦りと不安を抱えていることは確か。

同じ試合は二度と無い。

最高の90分となるのを祈りながら、

明朝5時の笛を待つ。

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