見出し画像

舞台を止めないで



「観劇が好きです」


今までに出逢ってきた人は数多。
一体、何度この言葉を口にしただろう。



舞台観劇が好きだ。

その魅力はひとくちには語ることはできないし、きっと上手く語ることもできない。


こんなご時世。
劇場は開かず、待ち望んだ高揚感や臨場感を味わえる機会はまだ先のよう。



そういえば、劇場に行く日は何をしていたっけ。


思い返せばそんな懐かしさすら感じるほどに、最後の観劇が遥か昔のように感じるのが寂しい今日この頃だ。




私の大好きな時間はまず、贔屓の俳優さんへのお手紙を書くことから始まる。

数日前から下書きの推敲を始めて、前日に便箋に清書をするのがルーチンワーク。もはやここから、私の「観劇の日」は始まっていると言っても過言ではない。


この時間こそがまた楽しい。

この進んだ時代に、自分の想いを相手に伝えるのに「手紙」というアナログすぎる手段を選択する、という部分もひっくるめて、舞台観劇という行為は非日常であり、最高に特別だ。


明日のチケットはこれで合っている。
確認するのは何度目だろうかと時に苦笑いしながら、手紙とチケットを大切に鞄にしまったりする。


当日おしゃれをして劇場に向かうまでの胸の高鳴り、電車を降りて改札をくぐる軽快な足取り、チケットをもぎってもらう時の音、客席に腰をおろして時にオペラグラスを調整する時間、開演前のアナウンス。

開演前からこれだけ楽しめるとは、何ともお値打ちな話だ。その上これからもっともっと素敵な時間が待っているというのだから、むしろ破格である。




開演直後の暗転の時間は、その物語へ誘われるための扉をそっと開ける時間だ。

ちいさくひとつ深呼吸をする。
これから目前に広がる物語とお芝居の応酬、そして何よりも、大好きな役者さんの表現と呼吸を心の眼で感じる"心構え"をする一瞬の準備時間である。


心臓が跳ねるのが分かる。


大好きなお芝居を目の前で届けてくれる、この時間が、空間が大好きだ。

時に手のひらを握りしめ、まばたきするのも惜しい時間に没頭し、心を大きく揺さぶられる。

そんな"非日常"を旅して帰ってくることこそが、最大の楽しみであり最高の幸せなのだ。



観劇をすることで出逢った言葉たちは計り知れないが、ひとつ、忘れられない言葉がある。


そして彼らは
人のなんたるかを教えてくれます。
それを見る我々に
心の備えをくれます。
いつか「何か」が突然やってきたときに。
それが無慈悲に、急角度で来たときに
思い出して思いとどまらせてくれるための、心の備えを。
「物語」に触れる人生と触れない人生では
きっと、心の備えが違うはずだって。
実体験だけでは「生きる」ことはあまりにも困難や苦痛を伴うから。

松崎史也さんが手がけた「Casual Meets Shakespeare『HAMLET SC』」の当日パンフレットに書かれている、松崎さんの演出あいさつの言葉だ。


物語を通して、その登場人物を通して、生き方や考え方、喜怒哀楽を知る。

時に、それを具現化する役者の表現法を、演出家の表現法を知る。


そうして"知る"ということが、これから生きていく上での自らの「心の備え」となる。


悲しいと感じること、苦しいと思うこと。
嬉しいと感じること、幸せだと思うこと。


そんな心の揺らぎは、驚くほどに"心の筋トレ"になるように思えるし、そんな感情を「知っている」ことで、感情を大きく動かされる局面においても"どこか冷静になれる自分"を用意出来る気がするのだ。


物語から誰かの感情を学ぶことは、本を読むことでも十分に出来ることである。


しかし、舞台芸術の良さはそれに「生」が追加されるところにあると、私は思う。


目の前の役者の、その瞬間の呼吸と声色を肌で、耳で感じ、その一瞬の表情の移り変わりを目で感じながら、時に自らの心臓の高鳴りや周りの観客の笑い声を聴く。

"一旦停止"の出来ない、止まることなく流れる時間の上で成り立っているものであるがゆえに、流れる涙を拭うことも出来ずに歪む視界やその涙のしょっぱさでさえも、その観劇という時間の中で得られる特別な"お土産"だ。


こうして五感を余すことなくフルに活用して受け取る大きな大きなものが、私の中で特別でかけがえのないものとなって蓄積されてきた。


好きだとか嫌いだとか、そんな単純な感情のひとつひとつも全て愛おしすぎるほどに、振り返れば心が温かくなる。

そんな素敵な時間を味わってしまって、これからその時間をどう過ごさずにいられようか?


その場の空気までもが作品の一部である芸術作品だからこそ。

映像で観るのでは意味がない。

自分が空間の一片を担い、そこに在る芝居の目撃者とならねば意味がないのだ。




劇場に行きたい。


そんな想いを強く膨らませつつ、引き続きまだ見ぬ観劇再開の日に想いを馳せる日々を過ごそう。



舞台の灯火が、どうか消えませんように。


今日も、劇場へ再び足を運ぶことを心待ちにしている観客の端くれがいるということを、ここにそっと記しておこう。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?