09 季節外れに
「丁度良い季節だと思わないか」
「全く思わないっす」
腰まで伸びた雑草をかき分けて俺ははあ、とため息。心の底から湧き上がってくる疲労と、徒労と、あとはシンプルな嫌悪感。先輩はニコニコと笑いながら紫煙を吐き出している最中だった。ほろ苦い独特の煙をブハアと吐きかけられて思わず舌打ち。これだから喫煙者は嫌いだ。
時刻は丑三つ時。草木も眠り、ついでに俺も眠りにつきたいこの時間に、何の因果か同性の先輩と墓地をとぼとぼと歩いているのである。
鈴虫やら松虫やらよくわからない虫の鳴き声が、チロチロと聞こえる。
人生は何が起きるかわからないとはよく言ったものだ。事実は小説よりも奇なり。俺はとっとと家に帰りたい。
どうして秋の真夜中に肝試しをしているのか。それもこれも全部先輩の気まぐれだ。それをホイホイ受け入れる俺も俺なんだけど。どうしても断ることができないのであった。ノーと言えない日本人の典型例だ。一、二時間前くらいに突然メールが入って一言、「肝試しをしよう」
「なんで断らなかったんだろう……」
「それは本当は来たかったからだろうに。君は全然嫌そうに見えない」
肝試し。それって男女ペアでやるから面白いのであって、男同士でやっても何の感情もわき上がらない。恋愛に発展することもなし、信頼関係が築き上げられることもなし。先輩のことは好きでも嫌いでもないし、尊敬をしているわけでもなかった。
「しかしどうしてこんな時期に肝試しなんか……」
「そりゃあ、したいからだよ」
寂れた墓地は月夜に照らされて、一層に不気味だ。柳の木も風も無くゆらゆらと揺れている。ぞくりと背筋が凍った。遠くで野犬の遠吠えも聞こえる。先輩を置いて帰れないというよりかは俺一人で帰れそうにない。情けない話、幽霊など殴って倒すことのできない相手は、苦手だった。
俺がビビっているのが面白いのか、先輩はふんふん笑ってちびた鉛筆みたいになったタバコをぽいと草むらへ投げ込んだ。もう一本、吸い始める。
「いや、墓場でポイ捨てはダメでしょ」
「誰がとがめるって言うんだ。こんな誰も寄りつかない墓地でポイ捨てしても土に還るだけ。多少は環境に悪いかも知れないが」
歯切れが悪そうに、でも悪びれることはせずにすぱすぱと口につけたタバコを短くしていく。さっきよりもペースがはやい。先輩も怖がっているのだろうか。唇もすっかり色が抜け落ちているようにも見える。いや、これは元々か。
「肝試しと言っていたけれど、具体的に何をするんすか」
「そりゃあ君、墓地一周だろう。後ろから何かがつけているかも知れない、目の前から幽霊が飛び出してくるかも知れない、異界の地へ飛ばされるかも知れない。摩訶不思議な体験ができると思うんだが」
「一周するだけでそんな気分が体験できるなんて、遊園地よりもすげえや」
嫌みっぽく言ったつもりだったが、その通りだと言わんばかりに顔を縦に振った先輩は、機嫌良くタバコを投げ捨てた。だからポイ捨ては、そう口を出そうとしたがやめた。何を言ってもこの男はダメだ。
「季節外れの肝試しだが、肝を試すという行為は一年中いつでもやっていいような気がするな」
「そんな試してどうするんですか」
「まあ、己と向かい合う期間はいつ確保してもいいってことさ」
なにをキザなことを。鼻で笑うとタバコのほろ苦い匂いが辺りに充満していることに、気がついた。吸い過ぎだと文句言おうと口を開くと、今更になって副流煙が肺に入り込んで噎せた。
それにしても煙が濃い。タバコ以外の何かを吸っていたのか。まさか大麻などの薬物か。さすがに人の道を外れるのはいかがなものか。吸いたいならカナダかラスベガスに行け。抗議しようと横を向いたがそこには誰もいなかった。
人型の霧がそこでゆらゆらと揺れているのみ。煙の原因はコイツだったようだ。
煙になった先輩を見て真っ先に祟りだと思った。ポイ捨てなんてするから。いやいや待てよ。なんだこれは。煙の塊は殴って倒せない。むしろ話も通じない。
一目散に逃げ出した。
「己と向き合うんだぞお」
あの声は先輩の声だったのか、今ではよく覚えていない。地獄の番人だったのかも知れない。天国からの使者だったのかも知れない。先輩は天国と地獄を行き来していたのだろうか。それも、わからない。
後日、あの夜先輩は腹を壊していて、行きずりの女に看病してもらったことを知った。
俺の携帯には、先輩からきた連絡の履歴はなかった。
一体何にだまされていたのだろうか。
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