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03 はなかんむり幾星霜

「ねえ、お願い! これ! 絶対似合うから!」

「いやだよ、絶対に似合わないから!」

 二人の男の子、女の子が草原の真ん中で座っていた。小学校低学年だろうか、青とピンク色のランドセルは放られて、通学帽子もぺろりと無造作に置かれている。真ん中は丁度小さな丘になっていて、その頂上はふわふわの芝生で覆われていた。ぐるりと丘だけ避けてシロツメクサやらタンポポやらが咲き乱れていた。ミヅキの頭に無理矢理シロツメクサのはなかんむりを乗せようとするシノ。それを拒否するミヅキ。

「ミヅキは可愛いのに、どうしてそんなに嫌がるのさ」

「そういうシノはどうして自分でつけないのさ」

 危ういバランスでミヅキの頭でぐらついていたシロツメクサのはなかんむりは無造作に取り払われてシノの頭へ。くしゃくしゃのはなかんむり。シノはなんとなくうれしそうだった。ちょんちょんとはなかんむりをつついて、ミヅキの方を見る。頬を膨らませていたずらっぽく笑った。

「だってミヅキの方が似合うと思ったから」

「似合わないよ。可愛くないもん」

「ううん、かわいい。ミヅキは世界で一番可愛いの」

 シノはにこっとリオに笑いかける。ミヅキは恥ずかしくなってシノから目をそらした。それから芝生の先っぽをなんとなくなでながらふと、思うことがあった。

「ねえ、シノ。これからもずっと一緒だよね」

「あー、うん。ずっと一緒」

 何でそんなこと聞くの。シノがミヅキの顔をのぞき込むとミヅキは顔を真っ赤にさせてあわてて上体を反らして距離を取る。シノはそれが気にくわなかったみたいで、無理矢理リオの肩を掴んで両目をぴったりのぞき込む。少女漫画みたい。ミヅキは赤い顔を更に真っ赤にさせてぎゅっと目をつぶった。姉の影響だ。家に転がっている少女漫画をミヅキは好んでい読んでいた。そこらの同級生よりも恋愛には敏感になっていた。えっと、えっと、これからどうするんだろう。少女漫画では、確か、キス? するのかな。シノと、しちゃうのかな。

 ごちゃごちゃ頭の中で思考が交差する。ミヅキは土壇場に弱かった。それに、シノとは仲良しだけれど本当の心の底まではしらない。キス、されちゃう。ぎゅうと目をつぶったまま動けなかった。シノの吐息。

「なに、熱でも出たの?」

 ミヅキの考えているようなことは起きなかった。シノは心配そうにおでこにてをやると熱い、と声をこぼしてするすると離れた。ほ、としたのもつかの間。自分はシノでなんて妄想をしてしまったんだと再びぽぽぽと頬が熱くなった。

「風邪引いてるから今日は変なことばっかり言うの?」

「ううん、熱もないし風邪も引いてないよ」

「………………」

 

 シノは押し黙ってしまった。はなかんむりを乗せたまま難しい顔をするシノはミステリアスだ。ミヅキはなんとなく気まずくなって眉を下げる。

「シノが大好きだから、ずっと一緒にいたい」

「ばか!」

 一瞬、何が起こったのかわからなかった。シノの顔を見ていたと思ったらいきなり青空が目の前に広がっていた。その後、ミヅキの後頭部にじんわり痛みが広がっていくのがわかった。瞬間、シノが突き飛ばしたのだ体が理解した。どうしてそんなことをするのかわからなかった。自分の気持ちを言っただけなのに。

「ばかだよ、ミヅキ」

 体を慌てておこすとシノはちょっとだけ目に涙をためていた。リオに負けないくらい顔を真っ赤にさせて、ふるふる震えて。

 どうしよう、泣かせちゃった! ミヅキはパニックになる。何か行けないことをしてしまったのだろうか、それともおなかが痛くなっちゃったのかな。あたふたしているとシノはずび、と鼻をすすって涙を強引に拭き取った。

「大好きって言うのはね! ほんとに好きな人にしか言っちゃ行けないの!」

「でも、シノのことはほんとに大好きだよ?」

 ミヅキがそう返すとシノは目をまん丸にして、それからにこりと笑った。シノの笑顔が大好きだった。こっちまで元気になれるような、ひまわりみたいな笑顔。

「ミヅキ、大好き」

 シノはそう言うと照れくさそうに自分の頭のはなかんむりをミヅキに渡す。こんどはミヅキは嫌がらなかった。シノが悪ふざけでもなんでもない風に、本当に自然に渡してきたから。花嫁のベールが取り払われるような繊細な動きで、ちょこんと編まれたはなかんむりがミヅキの頭に乗った。散々乱暴に扱われてちょっとしなびたそれをミヅキは落とさないようにバランスをとる。楽しかった。シノはそれをみて笑った。

「そろそろ帰ろ」

「うん、帰ろ」

 ころころ転がるように丘を降りて、それぞれランドセルをひったくる。シノがピンク色、ミヅキが青色。シノの長い髪がうれしそうに揺れた。ミヅキはそれに続いて自分の頭も振る。ぽとりとはなかんむりを落としたけれど、それは慎重に拾い上げてシロツメクサの花畑の真ん中に置いていく。また同じものが作れますようにと。持って帰らないの、とシノは不満そう。だってお母さんに怒られるからとミヅキは言い返す。それから、一緒に走り出した。うちまで競争。隣通しの二人がいつもやっている最後の遊びだった。

「でも、男の子に可愛いって言うのは変だと思う」

「変じゃないよ、ほんとのことだもん」

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