AB台本は無意味

お笑いコンビのオズワルドの伊藤さんがこんなツイートをしていました。

女性の作家さんが漫才を書いているので、僕の小説の『ワラグル』に登場する『梓』とそっくりだなと思ったんですよ。放送作家志望の女の子のキャラですね。

えっ、まだワラグル読んでない人がいるんですか。それはまずい。時代についていけてないですよ。ぜひ読んでください。

と宣伝がすんだところで、今日は漫才のことを書いてみようと思います。

オズワルド用に漫才を書いている女性作家さんのように、漫才を『当て書き』で書くっていうのは本当に大事です。

当て書きというのは演劇や映画などでその役を演じる俳優をあらかじめて決めておいてから脚本を書くことを言います。

漫才においては演劇や映画以上に当て書きが重要です。というか当て書きで書いていない漫才台本は無意味と断言してもいいです。

若い頃放送作家の養成講座に参加していました。僕を含めて放送作家になりたいという若者がたくさんいました。当時はまだテレビに力がありましたからね。放送作家志望者も多かったんです。

そこの課題で、漫才台本を書いてくるようにというのがありました。

僕は中田カウス・ボタン師匠を想定した漫才台本を書きました。でも他の人は『AB台本』でした。

AB台本というのは、想定するコンビがない状態で書かれた漫才台本ですね。Aがボケ、Bがツッコミみたいな感じで。つまり当て書きではない漫才台本です。

脚本で言えば誰が演じるかわからないで書いたって感じですかね。脚本ではAB台本が普通です。

そのときの出席者のほぼ八割ぐらいがAB台本でした。課題の中に、コンビを想定して書けという条件はなかったですからね。

そのせいかAB台本で書いた人たちは、逆に想定コンビありで台本を書いた僕達に、「それはだめだろう」と非難の目を向けていました。

僕はAB台本なんか無意味だと考えていました。だから隣のAB台本を書いてきた人に訊いたんですよ。

「想定コンビがない漫才台本って意味なくないですか?」って。

するとその人は、「この台本はめちゃめちゃおもろい自信があんねん。この台本を一番面白くできるコンビを探したらええやろ」って返してきたんですね。

あと彼はこう付け加えました。
「面白い漫才台本を書けるかどうかのテストなんやから、コンビ想定の台本なんか提出したら評価なしになるぞ。純粋に台本が面白いかどうかを先生は見はるんやから」と。

正直、こいつだめだなって思いました。

案の定そのとき課題を出した放送作家の先生に好評だったのは、全部想定コンビがあった当て書き台本でした。

それは当然で、漫才台本って演じるコンビが頭の中で描けてこそはじめて面白いかどうか判断できるんですよ。

放送作家の先生が、「コンビを想定して書いてきなさい」と前提条件を出さなかったのは、僕達がその漫才として自明なことをわかっているかどうかを試そうとしたんじゃないですかね。

結果、AB台本を出してきた人たちは誰も放送作家になれませんでした。自信満々の僕の隣の人もそこに含まれていました。

『ワラグル』に登場する伝説の放送作家のラリーは、「漫才は人(ニン)が大事」だと言います。

ニンとは昔の芸人さんが使っていた用語で、今なら『キャラ』という意味ですね。その芸人、そのコンビにしか出せない人間性や特徴、味のことです。

そして面白い漫才というのは、そのコンビのニンが一番濃厚に出た漫才です。

芸事というのはすべて『属人性が高い』ものです。属人性が高いとは、仕事などで特定の人物への依存度が高いことを指します。ビジネスでは属人性が高いことはマイナスに捉えられがちですが、芸能ではプラスです。

何せ『タレント』という言葉は、『才能』を意味しますからね。属人性が低い仕事をしていたら、他のタレントに入れ替わられるだけです。だからタレントは属人性を極限まで高めるわけです。

その中でも漫才はとびきり属人性が高い。そのコンビニしか出せないニンを追求しなければ、現代の漫才はとても通用しない。

例えば「なんでやねん」という漫才のツッコミがあるじゃないですか。漫才における一番オーソドックスなフレーズです。

AB台本で「なんでやねん」が連発されている台本だったら、まるで面白くないです。

こんな台本を書いてきたら、「こいつ素人やな」って鼻で笑われます。

実際に、「なんでやねん」っていうシンプルなツッコミをする漫才師はほぼいないです。

でもこれを芸人の宮川大輔さんがやるとしたらどうですかね。

今宮川大輔さんって芸人で一、二位を争うほど「なんでやねん」が面白い芸人さんです。

「あかーん」とか「それ、やっすいやつやん」とかシンプルだけど宮川さんがいうと笑えるじゃないですか。それが宮川さんのニンなんです。
なんでやねん連発台本も、宮川さんがやるとしたらまた話が違ってくる。

宮川さんの最高の「なんでやねん」を引き出すために、設定、ボケを逆算した台本だったら絶対に面白い。それは宮川さんのニンが引き出された台本になるからです。

同じなんでやねん台本も、想定コンビがいるかいないかだけで百八十度面白さが変わるんです。

だから『AB台本』は無意味なんです。今後漫才を書こうという人は、絶対AB台本は止めましょう。

うーん、99、99%の人には読んでも一切役に立たない記事を書いてしまった。

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