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note連続小説『むかしむかしの宇宙人』第82話

前回までのあらすじ
時は昭和31年。家事に仕事に大忙しの水谷幸子は、宇宙人を自称する奇妙な青年・バシャリとひょんなことから同居するはめに。ラングシャックを探し当てたバシャリは星に帰ると言い出す。

→前回の話(第81話)

→第1話

星野さんと荒本さんと入れ替わるように、お父さんと健吉が隣にやって来た。バシャリが明るく言った。

「周一、お世話になりました。あのとき周一が下宿させてくれなければ路頭に迷うところでした」

「いいんだ」

お父さんは一言だけそう言い、それ以上言葉を継がなかった。でも、わたしにはわかる。

二人に会話なんかいらない。そのまなざしで、ありったけの気持ちをかわしているんだ、と。

ふいにお父さんが健吉の背中を押した。

「ほらっ、贈り物があるんだろ」

緊張した面もちの健吉が、ためらいがちに一枚の紙をさし出した。バシャリの似顔絵だった。

背広の上から腹まきをまいたバシャリが、満面の笑みを浮かべ立っている。

「私ではないですか。これを頂戴できるのですか?」

健吉がこくんと頷くと、バシャリは感激の息を吐いた。

「素晴らしい似顔絵ですよ。ありがとうございます。これも私の宝物にしますよ」

すると健吉が前を見据え、必死に声をしぼり出した。

「バッ、バシャリ……今まで、ありがとう」


めったにしゃべらない健吉の言葉にみんなが驚き、一斉に注目した。健吉はひっくひっくと力いっぱい涙をこらえていた。

けれど耐えきれずにぼろぼろと涙をこぼした。

「健吉、泣いているのですか。たしかに別れとは悲しいものです。泣きたいときは泣きなさい。私も一緒に泣きましょう」

バシャリがおいおいと声をあげて泣きはじめた。あまりに豪快な泣きっぷりにみんなは苦笑いを浮かべる。

だが、太郎、次郎、三郎、節子、順子とマルおばさんの子供たちが「行かないで」とえんえん泣きはじめ、それに近所の子供たちも加わった。

しんみりした空気が伝染するかのように、一人、二人とすすり泣くと、最後にはみんなが涙目になった。マルおばさんも号泣していた。

わたしは心に空洞ができたように、ただぼんやりとその様子を眺めていた。

たっぷり別れを惜しむと、宴会はさらに盛り上がった。荒本さんが近所の人たちに円盤に関する講義をはじめ、爆笑の渦がまき起こった。

なぜか興味を示したマルおばさんは、その場で研究会の会員になった。おじさん連中は浴びるように酒を飲んだせいか撃沈し、あちこちから高いびきが聞こえる。おもちゃ箱をひっくり返したみたいな騒ぎになった。

騒ぎまわって疲れた子供たちを隣の布団部屋で寝かせる。こうなることを見越して、ありったけの布団をしいておいた。

健吉が寝息をたてたのを見届けてから、注意ぶかくふすまを閉めて廊下に出ると目前に壁があった。

ひっと悲鳴をあげそうになるのをどうにかこらえる。壁の正体は、バシャリの胸板だった。

「驚かせないで。何かあったの?」

「幸子、行きましょうか」

「どこに?」

「このまま円盤で故郷に帰ります」バシャリは厳粛な面もちで答えた。


にぎやかに宴が続く公民館を二人でそっと抜け出した。バシャリは両手に大きなふろしきをぶらさげている。

みんなからもらった餞別だ。どこに行くのと訊きたいけれど、のどにふたをされたように声が出せなかった。

着いた先は、近所の児童公園だった。くさりかけた板塀が、満開のさくらを囲んでいる。

そうか、さくらの季節だったんだ、とその風景にしばし見とれた。

「やあ、実に見事なものですよ。このさくらは日本にしかないそうですね。辺境で何もない国だからこそ、これほど素敵な植物を神様は与えてくれたのでしょう。

実に、粋なはからいです

バシャリがしみじみと言った。ふと我に返ると、わたしは尋ねた。

「ここで何をするの?」

「何をって、ここに円盤を保管していたのです」

「ここに?」

ぼろぼろのすべり台と鉄棒しか目に入らない。どこからどう見てもただの公園だ。

「幸子、ちょっと離れてください」

言われるままにうしろに下がった。バシャリが片膝をつき地面に手を置くと、その部分がぼわっと光った。

その直後、光が噴水みたいに地面からふきだした。あまりのまぶしさに目を閉じた。ようやく明るさに慣れたので、ゆっくりとまぶたをあげる。

目前の光景に息が詰まった。

そこに、円盤があった。


直径は三メートルほど。鏡を液状にしてそれを塗ったかのような、一点の汚れすらないぴかぴかの銀色。

横から見ると皿を上下合わせたように対称で、上部では青白い光が点滅していた。

外周は、世界一正確なコンパスで描いたように完璧な円形だった。まさに、円盤だった

わたしは唖然とした声をもらした。「……本当にこんな形してるのね」

バシャリは誇らしげに言った。

「アナパシタリ星では、想像が現実になりますからね。宇宙のどの星の子供も、想い描く空飛ぶ円盤の形はこれですよ

わたしは円盤をさらに観察した。車みたいにエンジン音も振動もなく、立体の絵を眺めているような感覚に陥る。

ハッと周りを見回した。街中にこんなものがあらわれたらとんでもない騒動になる。すると、バシャリが諭すように言った。

「大丈夫ですよ。他の人間には円盤は見えません。幸子にだけ見えるように視覚波長を変えています

ほっと緊張の糸をゆるめると、バシャリは早速円盤の点検をはじめた。バシャリが上に飛び乗っても、円盤はぐらつくことなく静止したままだ。

あらゆる角度から調べ上げ、時々眉をしかめては円盤にふれる。すると、その箇所がぽっと青白く光った。

あまりに不可思議な光景を、わたしは放心したまま眺めていた。

しばらくすると、バシャリが安堵の表情を浮かべた。

どうやらどこにも大きな故障はありません。いやあ、良かったです」

そして、なごりおしそうにわたしを見た。

「幸子、いよいよお別れです。今までお世話になりました」


お別れーー目前にせまった現実に立ちつくした。

「立ち寄る予定ではなかった地球ですが、これほど楽しく充実した日々を送れるとは思いませんでした。

すべて幸子のおかげですよ。本当にありがとうございました」

バシャリが、深々と頭を下げる。

何を言ってるのよ。ありがとうが言いたいのは、わたしよ……

そう、言いたかった。けれど、どうしても声にならなかった。わずかでもいいから間を延ばしたくて「そうだわ」と、買いものかごからおはぎを詰めた弁当箱を手渡した。

「これっ、帰り道にでも食べてちょうだい」

バシャリはむしゃぶりつくようにふたを開け、「おはぎではないですか!」と感激をあらわにした。

「最高のお土産ですよ。帰り道に美しい星々を眺めながら頂戴いたします」

バシャリが円盤のふちに弁当箱を置くと、弁当箱は音もなく、するんと中へと吸い込まれた。バシャリが満足そうに腹まきをなでる。

幸子の腹まきとおはぎに、星野の小説、健吉の似顔絵、すべてが私の宝物になりました」

「……良かったわね」

「ええ、これで何も思い残すことはありません。では、ラングシャックでエネルギーを回収しますか

ラングシャックという言葉に思わず反応した。

「そうよ。一体、ラングシャックはどこにあるの?」

第83話に続く

作者から一言
とうとうバシャリと幸子の別れが迫ってきました。円盤は公園に埋めていたんですね。ラングシャックにエネルギーを注入すれば、円盤を動かすことができます。次回でラングシャックの正体が判明します。

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