お父さんとお母さんへ、
『お父さんとお母さんへ、
大学のために家を出る前日、三人で号泣しましたね。
その時、お母さんは私に「死なないで」と、お父さんは「親よりは長生きしてくれ」と言いました。
今すぐにでも人生を投げ出したいと思っている人間にとって、これ以上ない酷な言葉です。
呪いです。死ぬななんて。
今、テレビでは「愛のかたまり」が流れています。
こんな愛を感じることなく、親が旅立つまで耐えるのかと思うと、泣けてきます。
私は、誰にも愛されず死にます。
誰のことも身を預けられるほど信じることもできぬまま。
一人で生きて、親が死んだら死にます。
でも、それを全部隠して生きないといけない。
親を安心させるには安定した道を踏み外しちゃいけない。
私には、安定した道を進むくらいしか能がないから。
私は、お父さんとお母さんが望むような人間にはなれない。
娘にも、嫁にも、母親にもなれない。
ついでに言うと生きたいとも思わない。
孫の顔が見たいと言われても、僕は子供の人生の責任なんて取れない。
僕を産んだ時、二人はどこまで考えてましたか。
僕だって誰かに愛されたいです。
信じて頼れる誰かと寄り添いながら、その人の温もりを感じながら生きたい。
なんで僕を、人から愛されない人間だと思わせるような育て方をしたんですか。
なんで僕が自分の前髪をガタガタに切った時、顔を見るたびため息をついたんですか。
なんで妹の授乳中、僕がドアを開けただけで怪訝な顔をして追い払ったんですか。
なんで妹が美人だと褒められる時、僕が自分を醜い存在だと思っていたことに気づいてくれなかったんですか。
自分は愛するに値する人間だと思えるような育て方をされたかった。
愛されるに値すると思えてないことに気づいてほしかった。
死にたいなんて思いたくなかった。
きっとこれを読んでも、言ってくれなきゃわからない、と言われる気がするので、先に書いておきます。
これが当たり前な状況で育ってきた僕が、この状況が異常だってことに気づける訳ないでしょ。
気付けもしないことに要望なんて出せる訳ないでしょ。
あなたたち二人がこの文章を読まないことを願います。
文句はあれど、親です。
安らかに眠ってほしい。
だから、立派に子育てを全うしたと思い続けていてください。
チョウジョより』
便箋を封筒に入れ、封をする。
いつもは半分ほどまでしか開けない引き出しを最後まで引くと、背の低い箱が現れる。
中には二つの封筒が寝そべっている。
いずれも手紙だ。
一通はファンレター。
一通は妹へ。
投函するつもりはない。
たった今書いた手紙を箱に放り込み、引き出しを閉じた。
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