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【連載小説】「八月の歌」第十四話

「私が狂ってるって。違うよ。世の中が狂ってるのよ。真司君だって心の中ではそう思っているでしょ」
 本当にそうなのか。自分は真っ当に生きているのに、世の中が狂っているから、こんなみじめな生活を強いられていると、心の奥底ではそう思っているのか。
 —わからない、この子の言っていることがわからない。
 
「わかってるって、ほんとはあの男が死んでよかったって思ってるでしょ」
 —いや、違う。ぼくは人が死んで喜ぶような人間じゃない。
「もっと正直になりなよ。散々いじめられたんだから、死んでよかったんだよ」
「あぁぁぁぁぁ―」
 
 真司は頭を抱えてしゃがみ込んだ。そしていつの間にか少女に優しく抱かれていた。
「これでよかったんだよ」
 少女の声に真司は小さく頷いた。
 
 どれくらい歩いたのだろうか。すでに夜が明けていた。真司に空腹と痛みと睡魔が同時に襲ってきて、気がおかしくなりそうになっていた。しかしなぜか少女に疲労感が全く見えない。
「真司君、社長さんがいるよ。やっちゃおうよ」
「もうそういのはいいよ」
「大丈夫、大丈夫、行こう。ついでに世の中にも仕返ししちゃおうよ」
 
 真司はまた少女に手を引かれ、夢遊病者のように歩いて行った。ターゲットの服部は、朝から銀行へと入って行った。二人はその後に続く。少女は長椅子に座る服部の背後へと近寄ると、その襟を徐につかんだ。
「金、出しな」

<続く>

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