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話題作「オッペンハイマー」世界を変えてしまった男

今年度のアカデミー賞をはじめとした賞レースで数々の賞を総なめしている話題作「オッペンハイマー」。
『原爆の父』と呼ばれたJ・ロバート・オッペンハイマーの伝記映画である本作。
「インセプション」、「テネット」等、
異次元の世界を唯一無二のクオリティで作り出すクリストファー・ノーラン監督の最新作ということもあり、ファンの多い日本でも注目度が高く上がっていましたが、題材の問題から日本での公開時期は暫く未定でした。

ですが、
昨年12月に日本で公開することが決定され、
私自身も公開日を待ち侘びてやっと観ることが出来ましたので、感想と考察を書かせていただきます。

「原爆の父」と呼ばれた男
J・ロバート・オッペンハイマー

本作は、第二次世界大戦下にアメリカで立ち上がった極秘プロジェクト「マンハッタン計画」にて、主導者として優秀な科学者たちを率いて原子爆弾を開発したオッペンハイマーの生き様に迫る伝記映画。

彼がケンブリッジ大学にて理論物理学を研究した学生時代から、原爆開発当時〜公務追放となる原子力委員会の聴聞会に至るまでの場面を、複雑に織り交ぜながら物語は展開していきます。

映画で描かれるオッペンハイマーは、
非常に優秀で野心があり、量子力学への探究に燃えている男。また、自身の知識や技量・考え方に自信を持ち、少々傲慢な人間でもありました。

そんな彼の視点で物語は進んでいきます。
作品の節々には、彼の脳内で科学的計算によって起こる事象や、科学の根源となる宇宙・星等の映像イメージが度々再生されます。
まるで、私たち観客を彼の脳内へ誘うような没入・追体験が出来るのです。
本作の一番の見どころは、そこじゃないでしょうか。

しかし、オッペンハイマーの視点で描かれているからといって、決して彼を肯定する作品ではありません。

世界を変えた兵器の存在

オッペンハイマーは、「マンハッタン計画」の主導者として未知なる兵器を開発し、世界を変えてしまいました。
映画の原作であるカイ・バード&マーティン・J・シャーウィンのノンフィクション『オッペンハイマー』(早川書房)の原題は「アメリカン・プロメテウス」
人間へ盗んだ火を与えて最高神・ゼウスより永遠の拷問を受けるギリシャ神話の神・プロメテウスにオッペンハイマーが重ねられています。

原爆の開発から、広島・長崎への投下を経て、被爆地の悲惨な状況を知り、犯した罪の意識に囚われていくオッペンハイマー。
科学的革命とアメリカが目指す平和の為に、
人として盲目となってしまった愚かな男を待ち受ける制裁を、プロメテウスの逸話に重ねながら、複雑な時系列の中で巧妙に描かれていました。

正直、私たち被爆国である日本人が観る上で、
ひとの命を軽んずるような会話のシーンや、原爆実験成功によって関係者が笑顔で喜ぶシーンで、心が苦しくなるような瞬間がいくつかありました。

また、本作には被爆した日本の様子等を映すシーンは直接的に描かれていません。
ラジオから淡々と流れる実況のみです。
全米公開されてからはその件で、様々な意見が飛び交っていました。

題材として、世界的にとてもデリケートかつ、非常に重要な出来事で、取り扱いには十分注意しなければならないものです。様々な意見が出ることも、ノーラン監督含め、制作陣・出演者も承知だったと思います。

しかし、作品を観ていただければ分かりますが、
あくまでこの作品は"オッペンハイマー"という一人の男に重点を置いて物語が展開されているということ。「伝記映画」という軸で作られた映画でした。

当時のアメリカ側で起きていたことをオッペンハイマーの視点でより忠実に、よりリアルに描き、歴史をなぞることで、彼の中へ私たち観客を引き摺り込む手法を取った。
そして、当時の状況と彼の感情の中に観客が入り込むことで、核の脅威と懺悔を内側から知るという、戦争への新しい警鐘の鳴らし方をノーランは編み出しています。

また、この作品で描かれるオッペンハイマーという男の人物像を見てみると、善人でも悪人でもない、どっちつかずな印象を受けます。
核廃止運動に賛同するでもなく、かといって兵器を持ったことで他国を嘲笑うようなことはしない。
しかも、まあまあ奔放な異性関係を持ち、聖人とは決して言い難い人間です。
諸悪の根源を生み出した彼に対して、憎しみを覚える観客もいることでしょう。

ですが、劇中の終戦後にオッペンハイマーが当時の大統領であるトルーマンにホワイトハウスへ招かれた際に

「私は自分の手が血塗られているように感じます」

と発言し、原爆以上の威力を持つ水素爆弾の開発へ反対の意を示しました。
トルーマンからは「あいつは泣き虫だ」と怒りを買い、終いにはソ連のスパイとして公務追放という仕打ちを受ける訳です。
(大統領の「泣き虫」発言は実話のようです)

まあ、色々な見方が出来ますが、
彼は自身が起こした事の重大さを理解し、これ以上の脅威が生まれないよう、水爆開発へ反対したのでしょう。その反対する行動の中には、少なからず日本への気持ちも入っていたはずです。

また、詳しく綴るのは控えますが、
ラストシーンでのアインシュタインとの会話内容〜オッペンハイマーの表情に彼の人間性が全て詰まっているように思えました。
あの憂いを帯びた目を観れば、この「オッペンハイマー」という映画を観た意味を消化できるはずです。

最高峰の実力派キャスト陣

そして、この「オッペンハイマー」は今までのノーラン作品の中でも最高峰のキャスト陣が勢揃いしています。
主演のキリアン・マーフィ、ノーラン監督の作品では常連俳優ですが、端役での存在感も主役を喰えるほどの威力を持っている俳優だと思います。
(ピーキー・ブラインダーズでは爆イケギャング役がハマっていましたね)

記事の冒頭で記した通り、この作品はオッペンハイマーの人生のキーポイントとなる
ケンブリッジ大学留学中の学生時代・第二次世界大戦下で主導権を握った「マンハッタン計画」・戦後の聴聞会の3つの時期に関わる時間軸が複雑に交錯しながら物語が進みます。

その大きく分かれた3つの時期に関わった人物は数多く、それに伴い重要な登場人物がとにかく目まぐるしく、スクリーンに出てきます。
しかも、どれだけ端役でも豪華かつ実力が確かな俳優陣がどんどん登場。毎回「おお!」と声をあげんばかりの豪華さ。さすが、キャスティングのセンスと人望があるなぁと、ノーランには感心するばかりです。

オッペンハイマーにとって恩師となるデンマークの物理学者ニールス・ボア役のケネス・ブラナー(前作「TENET テネット」での悪役で快演最高でした!)や、
オッペンハイマーを「マンハッタン計画」の主導者に抜擢した軍人レズリー・グローヴスには我らがマット・デイモン、
オッペンハイマーを生涯支えた妻には私たちのオンニであるエミリー・ブラント、
オッペンハイマーと愛人関係であった共産党主義者ジーン・タトロック役には今ハリウッドでの存在感がとてつもないフローレンス・ピュー、、、などなど
登場人物とキャストの紹介だけで夜を明かせられるような、とにかく豪華、実力、豪華、実力、豪華!

今年度のアカデミー賞では主演のキリアンに続き、オッペンハイマーの宿敵であるストローズを演じたロバート・ダウニー・Jrが助演男優賞でオスカーを手にしていましたが、個人的にはラミ・マレックがオスカー受賞してほしいぐらいでした。(笑)

ラミ・マレックの演技、本当良いですよね。
おどおどした風貌の中に、確固たる信念を持ち世界を変える力さえも秘めている人間を表現する感じ、めちゃくちゃ好きです。
007でも、静かな中にとんでもない激情を秘めた演技をされていて、凄く引き込まれました。

今回の役所は、「マンハッタン計画」へ参画したものの、後に日本への原爆投下に反対する嘆願書へ署名する原子核物理学者のデイビッド・L・ヒル。

この映画でのデイビッド・L・ヒルの重要さといったら。オッペンハイマーを取り巻く一連の聴聞会の中でも、ストローズへの発言等、彼こそが「核」となるかなりのキーパーソンになってきます。

役とラミの演技の相性も抜群で、キャスティングセンスも素晴らしいなと。個人的にはピカイチに観ていて好きな役所でした。

十字架を背負わされた男の話

ノーラン監督は前作「TENET テネット」の撮了後に、ニール役のロバート・パティンソンからオッペンハイマーの発言集が贈られたことから、オッペンハイマーという男の人生を映画にしたいと構想を練り始めたそうです。
「彼は歴史的に非常に重要な人物である」

この映画でオッペンハイマーという一人の男の内側に入り込み、感じ得たことは、彼は戦争の加害者であり、被害者なのではないか。

確かに「マンハッタン計画」の主導者として、科学者を率いて原爆という世界の脅威を生み出したことは事実だが、実際にはナチスもソ連も核分裂の発見から原爆の開発が進行していたし、正直アメリカ(オッペンハイマーら)の開発が遅れていたら、他国が先に原爆を生み出し、日本以上の規模で被爆地を増やしていたかもしれない。
オッペンハイマーがいなければ、別の科学者が原爆の創始者・プロメテウスとなっていたかもしれない。

オッペンハイマーは、科学と祖国を守りたかった。
アメリカの科学の発展と、アメリカを守るための盾となる手段が「マンハッタン計画」への参画だったのではないだろうか。


この作品は、私たち被爆国の日本にとって
どうしたって切り離せない、やるせない気持ちになる場面は幾つかあります。
しかし、その感情フィルターをかけて映画を評価するのではなく、この映画が伝えたかった当事者側(アメリカ)の状況と、戦争に利用された科学の歴史をオッペンハイマーの視点から知れる新しい映画の形として捉えられたらまた違った見方ができるかもしれません。

IMAXカメラで撮影され、映像も音も臨場感溢れた映画として単純に満足できる作品でもあります。
総合的に、私は映画ファンとしてこの「オッペンハイマー」という作品を観れてとても面白いと感じました。

それぞれ感じることは違うかもしれませんが、
歴史を学べて、映像・音を堪能できて、また観客の意識改革に問い掛ける圧巻の作品です。
気になる方は是非、スクリーンで上映されている間に観に行ってみてください。


それでは、長くなりましたが、これにて。







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