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二十世紀最大の「ひょうたんから駒」。――5ポケットジーンズ――Part.2

※内容が不十分だったので加筆修正しました(4月23日)。

リヴェットを打ち込むという服飾に対する暴挙が、意味も機能も用をなさなくなった現在も象徴として打ち込まれている一方、同じく意味も機能も用をなさなくなって、消えたディテールもある。

かつて僕が服屋でバイトしていた当時、PL法(製造物責任法)が発動した。当時、その対策として様々な製品に過剰なほどの注意書きが添付されいたのだが、思わず吹いてしまったのがベルトのタグに掛かれた取扱説明書。そこにはこう書かれていた。「この製品は腰に巻いてズボンがズリ落ちるのを防止するためのものです」。そんなことぐらい誰でも知っているはずだが、では20世紀初頭にもしこの注意書きがあるとしたら「この製品は軍人が拳銃やサーベルなどを吊るして持ち歩くためのものです」、あるいは「偉い人が権威の象徴として装飾するためのものです」と記載されただろう。

 そう、昔のジーパンにベルトループがないのはその当時、ベルトを「ズボンがずり落ちるのを防ぐために使う」習慣が末端まで普及していなかったためなのである。実は今日のようなベルトの立ち位置が世間に広く根付いたのは20世紀半ば。実に最近の話なのだ。

では当時の人々がどうやってジーパンを穿いていたのかというと、腰帯に取り付けられたサスペンダーボタンにサスペンダーを装着し、肩から吊り下げつつバックルバック(シンチベルト)を締めてウエストのサイズ調整を行っていたのだ。この原始的な手法から、やがてベルトループという文明の利器を介してフィット性を高めるようになったのは、恐らく1920年前後と推測できる。それは、リーバイスが1922年に発表した501XXにサスペンダーボタンとベルトループの両方が装備されていることからも窺える。さらに同社の1937年以降の501XXからはサスペンダーボタンも消滅。他のメーカーもそれに倣い、ベルトループが主体となりつつも、半ば様式美的にバックルバックが残されていた。

このバックルバックが姿を消し、現代のカジュアルな5ポケットスタイルが確立するキッカケとなったのが第二次世界大戦。日本国内では食料品の配給制度はもとより、航空機や軍艦の材料となる金属の供出が日常茶飯事となっていたが、一方の大国であるアメリカも無傷ではなく予想を超える長期戦によって物資統制を余儀なくされた。WPB(The War Production Board=軍需清算委員会)および、OPA(The Office of Price Administration=価格管理局)は物資の軍需使用を優先させる法令を発動。ウエストバンド・オーヴァーオールズもその対象となった。最も有名なのがリーバイスの“S501XX”という品番で、ヴィンテージコレクターやその復刻モノに詳しい諸兄に「大戦モデル」と呼ばれている。簡略化を意味するSimplifiedの“S”(注:1)を冠した同品番は、ブランドを象徴するバックポケットのアーキュエイトステッチ(ガルウィング状の飾りステッチ)をシルクスクリーンのプリント(いわゆるペンキステッチ)とし、フロントフライのボタンは月桂樹(勝利を意味する)を象ったトップボタンと無刻印のドーナツボタンに変更され、コインポケットのリヴェットと股の縫製が重なる箇所を補強するクロッチリヴェット(注:2)は省略。またフロントポケットのスレーキ(袋布)は他の衣料の余りモノの生地を使用している。そして手間が掛かるうえに使用するパーツ点数も多い、贅沢なバックルバックを省略した異形の存在だった。

(注:1)ヴィンテージ・ジーンズの研究が現在のように成熟していなかった頃、この“S”は何を意味するかについて盛んに議論されていたが、日本の某雑誌編集者が当時の紙資料を精査した結果、Simplifiedの頭文字であることが判明した。 (注:2)リーバイス社の重役が焚火で熱くなったリヴェットで火傷を負って激怒したことで廃止されたとまことしやかに語られてきたが、このパーツも同様に物資統制で廃止されたことが判明した。

やがて戦争の終結とともに物資統制令が解かれ、アメリカ国内の産業は一転して好景気に沸く。リーバイスの工場も生産体制を立て直し、簡略化されていた501XXを元の品質で再び生産を始めることとなった。アーキュエイトステッチやコインポケットのリヴェット、ブランドの刻印入りオリジナルフロントボタン、ポケットスレーキなどは復活したが、クロッチリヴェットとバックルバックは省略されたままだった。前者は身の回りの物を傷つけることから戦前から懸念されていたこともあり、また縫製技術の向上もあって廃止されたと推測できる。ちなみにバックポケットのリヴェットも1937年モデルから隠しリヴェット(リヴェットを打った上からバックポケットの生地を縫い付け、リヴェットが剥き出しにならない製法)を採用し、屋外の肉体労働だけでなく室内の作業やデイリーユースの着用を視野に入れていたことが窺える。

一方のバックルバックはリヴェット補強がされ、バックルは2本の針で留めるという原始的な機構。それゆえにクロッチリヴェットと同様に身の回りの物を傷つけるとされ、特に1920年代以降に普及を始めたクルマのシートに穴が開いてしまうといった苦情が多かった。またこの当時すでにベルトループを介してベルトでパンツを固定する習慣は広く普及しており、バックルバックは形骸化してもいたのである。バックルバックを切り取った当時のヴィンテージピースが多く現存しているほか、当時の販売店がハサミを用意して顧客の要望で切り落としていたという資料もあることから、当時の人々はこのディテールをすでに古臭い、時代遅れのものと感じていたのだろう。かくして5ポケットジーンズのカタチは完成した。その進化は間違いなく、さまざまな生活様式の変化がもたらせた結果、と言えるだろう。
Part.3に続く。


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