不器用に生きる
「お前って本当に不器用な生き方するよなー」
と世渡り上手な同期にいわれたことがあります。
何もかも、飄々とこなせる
センスのある方っていらっしゃいますよね!
あれ、めっちゃ尊敬します!!!
私は真逆で
冒頭の通り不器用な生き方をしています…
たとえば…
私は28歳ですが、恥ずかしながら「掛け算九九」を言えません。
小2の時、人の何十倍の時間をかけても
全然掛け算を覚えられない私に
当時の担任の先生が
「九九は半分覚えたら大丈夫だよ。
4×6も6×4も答えが一緒なんだから!」
と励ましてくれました。
ただ、半分覚えるというのも
私には苦行でした。
(なので単純に1〜5の段を覚えているのではなく、
虫食い形式で九九の過半数を覚えています)
先生は九九の最低でも半分を私に覚えさせるべく
私が覚えられない掛け算を
ひとつひとつ語呂合わせに変換してくれました。
・7×3=21
七三分けしている兄ちゃん
・8×6=48
ハロー48歳
・8×4=32
走れサニー
(※小2の時はサニーってなんなん?って思ってたw)
↑こんなかんじです!
なので私は28歳の今でも
3×7=? 6×8=? 4×8=?と聞かれたら
即答できず、頭の中で数字を並び替えて
更に語呂合わせを思い出して
ようやく答えを出しています。
伝わります?私の不器用さ!笑
それでも小2から続けているので
皆様が3×7を答えるのと時差なく
同じタイミングで答えを導けるくらいには
九九を使いこなすことができ(←え?笑)
勉強や生活に支障をきたすことはありません。
まあでも、
こんなかんじのエピソードは多くて、
みんなが普通にできることを
何十倍頑張っても平均以下の出来…
ということはたくさんあります。
いや!むしろ
そんなことしかありません。
勉強しても点数が上がらず
スポーツ全般苦手で
絵も音楽もセンスがなく
見た目が可愛いわけでもなく
字が綺麗でもない。
なんていうか、
センスというセンスに見放されているのです!笑
(つり革に掴まったままバスの中で寝れることくらいかなぁ…
センスあるのって…悩)
中学まで、本当に辛くて
劣等感の塊でした(´._.`)
しかも、タチの悪いことに
私は根っからの負けず嫌いです。
何をしても不器用で負けてばかりなのに
めちゃくちゃ負けず嫌いなのです。苦笑
なので自ずと「努力できる系バカ」のポジションに収まりましたw
何十倍頑張っても
頑張らない人より結果が出ない。
報われないことが
悔しくて、悔しくて
西野カナより震えます( ˙-˙ )
(あ、すべった…)
器用にモノゴトをこなせない
何十倍も努力しても足りない。
それは、
なかなか受け入れたくないことです。
でも…
ある時、ふと思いました。
「それでも、相変わらず私は不器用だ」
と。
どんなに頑張っても器用には生きれない。
センスもない。
みんなより劣っているところからスタートしないといけない。
私は、なにもできない。
私は、なにも知らない。
どう足掻いても
それは変えられないことなんだ。
「私は不器用だ」それは変わらない。
変えられるとしたら、
不器用な自分を自覚して
どう行動するかということだけなのかもしれない。
私の大好きな哲学者
ソクラテス先生の思想の概念に
「無知の知」
というものがあります。
[自分の知識が完全ではないことに気がついている、
言い換えれば無知であることを知っている点において、
知恵者と自認する相手よりわずかに優れている]
(Wikipedia先生より引用)
(ちょっと、なに言ってるか分からないッス・・・)
要するに、
知らないということを自覚しているという一点において
何もかも知っていると錯覚している有識者よりも少し優れているかもね…
的なことなのです←雑w
「吾輩は不器用である。
それに、センスもない。」
(夏目漱石風)
でも、不器用さを自覚しているという
たった一つの強みがあるのではないか。
なんだか、そんなふうに思えたのです。
それから私は
[私は何もできない・知らない]
ということを前提に
それでも何ができるのか?
何をしたら良いのか?
どうありたいのか?
を考えるようになりました。
陸上の400mで県のワースト記録を叩き出してやった時も
どうやったら沖縄県で一番遅い私が
県代表として九州に行けるんだろう?
と考え、戦略をたてて練習することで
2年後にはインターハイで県5位になり
沖縄県代表として南九州に行けました!
掛け算九九を覚えていないのに
大学では卒業生代表で答辞を読むこともできましたし
28歳で自分の会社を待つこともできました!
私の全ての考え方の根底には
[私は何もできない・知らないと受け入れ
不器用に生きる決心]があります。
今は、
できないこと
知らないこと
センスがないこと
学力が低いこと
その全てが私の強みで
有り難い才能だと思っています。
できないから、やれる方法を考える。
知らないから調べる。
センスがないから努力をする。
学力が低いから学び続ける。
私らしい生き方だなぁと思います。
ちなみに、普段のお仕事でも
知らないから徹底的に調べ
伝わらないと思うから
分かりやすく相手に伝えるにはどうしたら良いのかを考え抜きます。
それが私の提供する「企画」の特徴なのです。
器用でセンスのある方に憧れるけど
私は私らしく
これからも不器用であることを誇りに
自分にしかできないことをやっていけたらいいなーと思います。
「私は何もできない・知らない」
でも、それは
「何も成し得ない、何も理解できない」
訳ではないのだと自分のために
人生をかけて証明してあげたいです。
こんな私ですが
どうか見守って頂けると幸いです。
最後までお読み頂きありがとうございます。
中村理乃
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