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わたしの居場所

にじいろカルテ というドラマを見た。
とある病気で医師として働けなくなった主人公が、田舎の小さな診療所で働きはじめ、そこで生きていく。そんなストーリーのドラマで、私はこれを途中まで見ていたのを思い出して、ふと続きを見てみることにした。

まずは感想。
あたたかい人たちに囲まれて、仲間たちとこれ以上ない絆で結ばれた主人公の姿は凛としていて美しくて、とにかく一生懸命な姿が胸を熱くさせた。やさしくてあたたかい村の人たちも、診療所の仲間も、みんな辛い過去やいやなことがあって、過去の痛みを背負いながら前を見て生きている。病気を持つひとを、あたりまえに受け入れること、自分たちと違う人たちを拒むのではなく柔軟に受け入れること。村の人たちのそんな姿勢は本当に人間として立派で素敵で、心のゆたかな人たちだった。なんだか今の現代社会や田舎町とは大違い。虹の村(劇中の村)はまさにユートピア。こんなふうに、やさしい世界であったならいいのに、と。願わずにはいられない。

 一見しての感想はこのくらいで。

 私は、過去に摂食障害になり、うつ病になり、今も治療を続けている。以前よりずっと良くなったけれど、それでも不安はぬぐえない。

新卒として入った会社では今のところ楽しく、うまくやれているのだけれど。私はまだまだ入りたてで何も出来なくて。そんな人材、きっと必要なかっただろうに、それでも育てようとあたたかくしてくださるスタッフの皆様には感謝しかない。日々、ありがとうございますと伝えても伝えきれない。早く、少しでも使える人間になって貢献したいとはやる気持ちとは裏腹に、やっぱり人間急には何もかもはできるようにならなくて。沢山助けて貰わないといけなくて、教わることばかりで、私という人間の存在意義をときどきふと見失いかけるのだ。

分かっている。私は新卒だし、ほんっとうにゼロからのスタートなのだから、今は何も出来なくて仕方ない。頼らなければならないのは当たり前。今は学ぶべきときで、あまり難しいことを考える必要はない。常々、研修や上司から言われていることで、そう言っていただけるだけものすごく恵まれていると思う。だからこそ、頭ではわかっていてもどうしてもはやる気持ちは抑えられないし、一刻も早く、もっと多くの仕事を、と焦ってしまうのだ。そして、私がいる意味を見つけたい。私の存在を認めて欲しいのだ。

いてくれたら安心だよって、いて欲しい、居なくならないでって思われたいのだ。とても、とても傲慢だけど、今まで上手く社会で居場所を見つけられなかったからこそ思うのだ。やっぱり、この場所に自分の居場所が欲しいと。

そのために今は焦らず、着実に。
1歩1歩、日々の業務につとめて、確実な成長を積み重ねたい。取り留めのない文章だが、これがわたしの、社会に上手く適合できない22歳の女の子のこころである。

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