私のカウンセラーさんに宛てて
カウンセラーさんが体調を崩されてお休みに入るという連絡を受けた。1年近く、小さな部屋で静かに会話をしていたあの女性は今どんなつらさの中にいるのだろう。もう、会えないままに過去の人となるのかもしれない、と思うと、それは治療だったと分かってはいても、やはり穴がひとつ抜け落ちたような寂しさを感じる。
ある日のカウンセリングで、誰にも話していなかった記憶と想いをまたひとつ、その女性に話した。それはかつての自分の言葉をある意味で打ち消し、惨めさと愚かさを認めることだった。
彼女は小さく何度もうなずきながら、カルテを見ることも、メモをとることもせず、私に向き合った。
「初めていらしたとき、私がお聞きした問いに対してこう・・・お答えになりました。前向きな言葉に反して、つらそうなご様子が印象に残っています。本心は違うところにあるのかなと、そう言わなければいけないと思ってらっしゃるのかなと……。」
ひと言ずつがちゃんと私の頭の中に届くように、落ち着いた声で、細やかに重みをつけて言葉を発してくれていた。
私にちゃんと向き合ってくれた人がいたのだと、この時初めて気が付いた。少し眉尻を下げた、柔らかな弧を描く瞳がゆらりと輝いて見える。この人は、私の真実を汲み取ろうと注力し、しっかり覚えていて、共に傍らで考えてくれていた。
カウンセリングとはそういうものなのだろうが、流れていく時間は常に早足で、自分がやっていることを理解できぬまま月日が流れた。これは事務的な作業で、事務的な会話、と自分から境界を引いて、45分という時間が持つもの以上を期待しないように自らを繋いでおいた。
彼女は揺らぐ私の小さな矛盾を見逃さずに取っておいて、事実を認められるようになるまで見守ってくれていた。自ら再認知し、打ち明けられたことを、一歩ずつ前進していると褒めてくれた。
「少し安心しました。」
そう言った彼女の表情は今まで見た中で一番穏やかで、その部屋を温かく包みこめるような優しさを放っていた。きっちりと外側に引いた自分の境界が、ぼんやりととろけていくような感覚だった。
同じ女性という立場の人に対してでなければ、もっと言えば、彼女の創り出す別世界のような穏やかな空気がなければ、とても口から出すことが出来なかった。最初の頃は話そうとすると自動的に停止される装置が備わっているかのように、身体も脳の動きも固まってしまった。動き出したらそれはそれで、正直でいようと浮かんだままに発する私の言葉は、昔のコンピューターが誤変換したように、いつでもガタガタでぐるぐるしている。
ガタついて散らかった話をそのまま受け止め、複数の世界を組み合わせるように慎重に見直していく作業は、いくら臨床心理士といえど消耗するだろう。そんな患者を複数抱えて毎日を動かすこの人のストレス値は、今どれくらいなんだろうか。机の隅に置かれたアーモンドチョコの箱を見ながら、そりゃそうだよなぁと想い巡らす。
視線を走らせると、すらりとまっすぐで華奢な指にはまっている控えめなシルバーのリングが見え、いつもひとつの安心感を得るのだった。この人には「待っていてくれる誰か」「支えてくれている誰か」がいるのだと。きっと温かくて穏やかな家庭の中に帰っていくのではないか、そうあって欲しいと思っていた。
診察室の扉を開けて「ありがとうございました」と言うとき、彼女の帰る場所に想いを馳せて、心の中で「おつかれさま」と「いってらっしゃい」を唱えた。
もし、彼女の体調が崩れたのが、繊細で重いこの仕事のせいであったら。
もし、抱えるストレスでじわじわと自身を消耗していく側に回ってしまっていたのだとしたら。
幸せの中に留まっている小鳥のように見えていた彼女のことを思い出すと、やるせない気持ちになる。私の立場で事実を知ることは絶対にないし、本当にどうしようもないことなのだけれど。
落ち着いて現実を見れば、彼女とはもう同じ場所では会えないのではないかと感じるのだ。
カウンセラーさん、
あなたと話すことで、私は毎回救われてきました。
私の話は分かりにくかっただろうし、言葉の選択もなんか変だったでしょう?笑っちゃうこともありましたよね。それでもちゃんとブレずに芯についてきてくれる力が本当に頼もしかった。カウンセラーさんてすごいなぁ、なんてぽかんとしていました。
あなたと言葉を交わしている短い時間が現在進行形で私を支えてくれています。気づかせてくれたことや見せてくれた私の姿を、頭に大事に留めて進んでいます。歩幅は狭すぎなのですが。
言えなかったけど、肌めっちゃ綺麗ですよね。スキンケア何してるか聞いてみれば良かったな。
初めて担当してくれたカウンセラーさんがあなたで本当に良かったと思っています。ありがとうございました。
感謝を噛みしめながら、お身体の回復とあなたが幸せでいられることをここから祈ってます。お大事にしてください。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?