番外編(お客さん)

例のポイント関係の仕事では、毎日多くのお客さんと接することとなった。
今回は、そんな数多くのお客さんの中から、特に印象に残っている何名かをピックアップしてご紹介します。


①姪っ子が有能なお婆さん

「こんにちは〜」
私がそう声をかけると、そのお婆さんは笑顔で「暑いわね〜」と言って私の目の前、カウンターの小さな丸椅子に座った。
ポイントカードが使えなくなるんでしょ?それでケータイで何かするんでしょ?そういうのアタシ全く分からないから困ってるのよ、と笑顔で話していた。
まぁここに来るのはそんな人ばかりなので大して驚くことではない。いつも通りにスマホを出してもらい、1から登録のやり方をレクチャーしていく。

「これで次からはお会計の時に、この画面を店員さんに見せて、そうすればポイントが貯まりますからね。」
とても素直で明るいお婆さんなので、特別手こずることもなく、順調に登録まで進めることが出来た。
「あら〜。すごいわねぇ。アタシ一人じゃこんなこと絶対出来ないわ〜。」
この仕事では、アプリを登録しただけでお財布を拾って届けたくらい感謝される。
「こんなことできるなんて、あなた理系の大学にでも通ってたの?そこの学生さん?何かITのお仕事されてるのかしら?」
残念ながら全てを否定したところで、お婆さんはさらに続けた。
「あらそう〜。でもすごいわ〜。あのね、うちの姪っ子がね、昔から頭のいい子だなとは思ってたんだけど、理系の大学に入って、ITの有名な会社に入ったのよ。で、アタシにはITって言ったって何してんのかさっぱりなんだけどね、それでね、その姪が、今度は海外の有名なとこからヘッドハンティングされたとかで、今は海外に住んで働いてるのよ!あなたもそうなれるわ〜!」

スマホのアプリが登録できる人は、海外の有名なIT企業にヘッドハンティングされてしまうらしい。



②心霊エピソードをもってるおばさん

アプリの登録では、様々な障壁が私たちの前に現れる。
自分のアドレスが分からない、現行のカードの登録を誰の名前でしたか覚えてない、そもそもスマホのOSのバージョンが古くてアプリに対応していない…など。
今私の目の前に座るおばさんは、スマホの操作自体はそこまで不慣れな訳ではないが、自分一人で行うのは不安なので、買い物ついでにこのカウンターでアプリを登録しようとスマホを置いてアプリがダウンロードされるのをじっと待機している。
ダウンロードの進捗具合を示すバーが、なかなか進まない。Wi-Fiを切ってみたり、バックグラウンドで稼働中のアプリを消してみたり、色々と試してみたが、何度やってもダウンロードが進まない。しかし少しずつ、0.01mmずつくらいは進んでいる。このままここでダウンロードできるまで待つか、アプリの登録方法が記載されたパンフレットを渡して家で登録するか尋ねると、せっかくだから今ここで登録してしまいたいという。ならば仕方ない。雑談モードだ。そんなに口がうまい方ではないが、人とどうでもいい会話をするのは好きなので、普通にバイト先の主婦と会話する感覚で話をした。
「よくここにお買い物に来るんですか?」
「えぇ。よくって言っても最近ここに引っ越してきてね。前はもうちょっと違う方に住んでたのよ。」
「あ、そうなんですね。」
「結構引っ越してきてるからねぇ。もう人生で10回くらいは引っ越ししてるかしら。」
「えー多いですね!なんか転勤とかですか?」
「うん、旦那の転勤もあるんだけど、たまたま引っ越した家がいわくつきの物件だったりとかしてね…」
「え!…おばけとか出るんですか?」
「あのね…ちょっとこんなとこで話しちゃって大丈夫かしら」
「いいですいいです」
「あのね、まだ娘が高校生くらいだった時なんだけど、藤沢の方の…まぁ、家を買ったの。」
「あぁ、いいですねぇ…」
「でも丁度その家に引っ越したくらいから、私の具合がどんどん悪くなっていっちゃって、いつも頭が重いし、なんか調子が悪いなーっていう状態になって。それである時会社の健康診断で何かが引っ掛かって、再検査することになったの。」
「え…」
「それで色々検査したら、子宮系の病気?あの筋腫ってやつがおっきいのが見つかったの。」
「えー」
「今まで全くそんな病気とかもしたことないし、ましてや子供も産んでるしね。なんでこんなことになっちゃったんだろうって思ってたのよ。」
「うん…」
「それで娘もね、ある時から急に、この家嫌だ!って言い出したの。そんな普段穏やかな感じの娘なんだけどね、家のことに関してだけは凄い拒否するようになってね。出かけたりした後に、もううちに帰りたくないとか言ったりするのよ。」
「えーこわい…」
「ね、そうでしょ。でね、もう本当に今でも忘れない。半年くらい経った頃に、娘が朝げっそりした顔でリビングに降りてきて、『ママ、もう引っ越そう…』って泣きながら言ってきたの。」
「えーー(泣)」
「話を聞くとね、昨日の晩に、ベッドで寝てたら部屋の中を物凄いザワザワ物音とか足音?みたいなのが聞こえてきて、テレビとかも何もつけてないのよ?なのにすごい大勢の人の足音とかなんか声とかが聞こえてきて、怖くなってギュッて目を閉じたんだって。そしたら耳元で女の人の声で『聞こえてるんでしょ?』って声がしたんだって。」
「えーーー(泣怖)」
「これはもうただ事じゃないと思って、私の職場に、そういう霊感がすごい強い人がいたのよ。全然普通の主婦だったんだけどね。前からなんかそういうのが強いっていう話は聞いてたから、その人にそれまであったことを全部話したのよ。で、一回うちにも来てもらって、そしたらその人が、『この家はすぐ引っ越した方がいい』って言うの。なんかね、娘の部屋のベッドを置いてたとこの上の壁に、なんかモナリザの絵が飾ってあって、それは引っ越す前から前の住人が置いてったとかでそのままにしてたんだけど、そこの絵と、廊下までが、霊の通り道みたいになってるって言うのよ。」
「えーー」
「でね、この家の下にも何か埋まってるって言うのよ。」
「えーこわいーー(泣怖)」
「それで調べてみたらね、隣にボクシングジムがあったんだけど、そこのオーナーの親御さんかなんかが元々住んでた土地だったらしいのよ。」
「あぁその住んでる家が…」
「うん。で、親御さんが亡くなった後にね、色々お金のこととかで揉めたんだって。それでもうボクシングジムの息子もね、その家には住まないとかで、それで色々とちゃんとしないまま、家だけ取り壊して土地を売ったのよ。だから、地下に神棚が残ったまま、ずっと放置されてたんだって!」
「………‼︎‼︎‼︎(涙涙恐怖泣怖)」
「だからその土地の上に立った家を、うちが買っちゃったのよ。」
「えー(涙怖)それでどうしたんですか?(泣)」
「もう、すぐ引っ越した。引っ越す時も、もう失敗したくないから、その職場の霊感の強い人にお願いして、物件の間取りとか見せて、ここはいいとかダメとか色々みてもらって、それで今の家に決めたのよ。」
「え、じゃあ今は大丈夫ですか?(泣)」
「うん、もう何ともない。私の体調も嘘みたいに普通に戻ったし、筋腫もなくなってたのよ!」
「えーーそんなことあるんですね…!」
「もう本当とんでもない物件に当たっちゃったわよ…」
「でもその主婦の人すごいですね。」
「そうなの。でその人、その後本格的に霊媒師みたいなのになって、テレビとか色々出たりしてるのよ。」
「えーすごい!(笑)」

気がつけば45分くらい話していた。

アプリのダウンロードはというと、もちろんとっくに終わっていた。

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