11. 「みんな」との始まり
パーティーの主催者は「シンジ」としよう。
世間では、かなり名の知れた作曲家だった。
海を初めて金で買った日、私がホテルで流していたのも彼の音楽だ。
シンジの音楽は、私を一瞬で別世界へ攫ってくれる。私は、これ以上に音楽を欲したことがない。
後から思い出してみると、私は尊よりも、この男に必要とされかった気がする。でも、この男の話はまた少し後。
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初めての夜、私は静かに迎え入れられた。
リビングルームには恐らく、男が5人、私を含めて女も5人居たと思う。見知らぬ音楽機器や楽器が、至る所に置いてあった。
雑誌の特集で、この部屋でインタビューを受けているのを見たことがある。いくつか拠点があって、ここは自宅ではないらしい。
他著名人が数人、それ以外は中肉中背の男と、綺麗で若い女の子たち。実のところ、はじめの会話は緊張していてあまり覚えていない。皆容姿には気を使っているようだった。
お互い、プライベートのことは聞かない。
パートナー以外とは、この会の外で会わない。
本名は明かさず、偽名を使う。
それがルールだった。
私は蒼に逆戻り。
尊は風俗とはまた別に「ハル」と名乗った。
順番にシャワーを浴びていく。
バレッタで髪をまとめて、軽く身体を洗い流していると、
『葵、入っていい?』
尊も一緒に入ってくる。
彼の手がボディソープをすくって、私の肌の上を滑る。
『楽しんでくれたら嬉しい』
それは無理な話だった。
この人は、よほど傷ついて歪んで生きてきたんだろう。
表面上の優しさは得意でも、尊は他人の気持ちに共感することができない。
彼は、自分が人に裏切られてばかりだと言っていたが、こうも簡単に私のことを信じているのは気の毒だと思った。
私に本名も会社も教えて、何の得になるだろう。
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尊は先にリビングに戻り、私は熱い水滴がぬるく冷めるまで浴室で呆然としていた。私が戻ると部屋はすでに薄暗く、何人かはすでに下着姿になっている。
小雨が降っていたのを覚えている。
窓の外で、東京タワーのオレンジ色の灯が揺れていた。
『蒼ちゃんも、脱いで』
そう言って男の一人が、私のワンピースに手をかける。
皆の視線が私に纏わりつく。
複数人の見知らぬ男女の前で裸になることに、特段抵抗はなかった。
ここに来る時点で、裸になることは当然だったし、不測の事態が起きても諦めようと決めていた。
『緊張してる?』
「少し」
緊張していることを期待されている気がしたので、私はそう答える。
私が男を愛撫していると、他の女の子が加わってくる。
気づいたらソファの上で、女の子2人と3Pしていたのがリビングでの最後の記憶。女の子に触れられるのは、心地がいい。
この頃、行為は好きでも嫌いでもなかったが、そのあと皆で集まって話す時間になると心底ほっとした。無事に終わった、と思って。
意に反して、私はここに集まる人たちに惹かれていった。
傷つこうとする人たち。
「愛されたい」は、つまるところ、
「愛されたい、さもなければ傷ついてしまいたい」なのかもしれない。
愛されないなら、めちゃくちゃになって、考えられないようになりたかった。
愛されたいだけなのに、代わりに傷つこうとする人たちが集まっていた。
最後まで、名前も知らなかった、赤の他人。
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