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16. 人は人を捨てられないのに。
ハル(海/尊)|女風で出会った私のパートナー。
シンジ|乱交パーティーの主催者。作曲家。
尊は靴を脱いで部屋に上がる。
玄関には仕事用の革靴がいくつかと、普段履きのスニーカーが出ていた。
2LDKの家の中は意外と物が多くて、少し散らかっている。
まさか家に来るとは考えていなかったから、彼の暮らしぶりを想像したことはなかったけれど、部屋は現実で溢れかえっていた。
家庭はないようだ。本当に。
『上品な部屋じゃなくてごめんね、そこのソファーに座ってて』
濃いブラウンの革ソファーの横には、洋服が置いてある。
ハンガーにかかったものと、無造作に置かれたもの。
女物はない。
『テレビでも見る?』
「えっ、もう4時だよ。明日も仕事でしょ、早く寝なよ」
『その前に、葵のこと「消毒」しないと』
「...なに、言ってんの」
天邪鬼な私は、いつも尊に冷たく当たってしまう。
シンジが笑って言っていた。
『ハルくんが尻に敷かれてるの、初めて見た(笑)』
パーティの時も、私はいつも尊をあしらって振舞った。
自分は捨てられる側ではなく、捨てる側なのだと、彼にも自分にも皆にも分からせたかった。
人は人を捨てられないのに。
父は私を捨ててはいない。
もっと好きな人が出来ただけだ。
母よりも、私よりも、弟よりも、好きな人が出来ただけだ。
私はまだ怯えていた。
もう、惨めな想いはしたくなかった。
万が一「ダメ」になっても、傷つきたくなかった。
傷ついたとしても、「傷ついてなんかいない」と、少なくとも体面だけは保ちたかった。
こんな接し方は辞めたいと頭では思っていても、素っ気ない態度を止められない。
それでも。
尊の指が首筋に触れると、私はそれだけで全身が鳥肌だって、息が上がる。熱い涙が瞳を満たして、瞼から流れ出す。
少しざらついた指が火照った身体を愛撫するうちに、理性が溶かされて、私は、私の知らない自分を認めてしまう。
弱くて、自分に自信がなくて、甘えたくて、誰かの愛を独り占めしたい自分。
「嫌だった、知らない人とするなんて、本当は、すごく、嫌だった」
途切れ途切れに、やっと絞り出した小さな声は、パトカーのサイレンにかき消された。
寝室の窓からは、ドコモタワーが見える。
小田急のホテルからはあんなに近かったのに、今は遠巻きに私たちを見ている。
≫ 17. 蛇男
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