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【実録】愛してくれると、信じたかった。

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何千人もの女性を救ってきた女風セラピストは、私を幸せにはしてくれなかった。 彼が私に見せた、歪んだ性癖。 スワッピングに乱交パーティ、欲望渦巻くディープな世界で、私たちは…
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#女風

27. 落陽のオーケストラ 【完】

尊と2人で、シンジのコンサートに招待された。 あの日、都心の大きなコンサートホールは満員御礼だった。彼の作品が、たくさんの人の心に届いている証だ。 私もシンジの音楽が好きだった。 実際に彼と出会う、ずっと前から。 尊がギリギリに到着するというので、一人で建物に入ると、すでに中は多くの人で賑わっていた。 私は、明るいエレベーターホールで1人、これまでのことについて考えを巡らせる。 これが最後の夜になると分かっていた。シンジにも皆にも、そして尊に会うのも、これっきりだろ

26. 最後の確認

尊から離れると決めた日から、私は努めてたくさんの人に会った。 中学生以来会っていなかった友人、旅行先や留学先で知り合った友人、高校でお世話になった先生、趣味を通じて知り合った友人、学会で声をかけてくれた研究仲間。 そうやって、自分は社会とたくさんの接点があると実感すると、私の中の尊の存在は徐々にちっぽけになっていく。 そんなある日、高校の同級生に勧められて始めたマッチングアプリは、確実に私のターニングポイントになった。 尊の世界から離れるために、夢中になれる新しい出会

21. 早朝のナイトクラビング

≪ 20. 新たな始まり 「ハルくん、いないとダメ?」 広い玄関で、シンジの声が響く。 「え?いや、」 私は振り返る。 「コーヒー、飲む?」 彼は私を遮り、靴を脱いでリビングに向かう。 私は望んで、シンジに流されていた。 私がソファに座ると、キッチンから声がする。 「ハルくんはいないよ」 パートナー以外と外で会うのはルール違反。 そう、尊から聞かされていた。 2人で会っていいんですか、なんてバカ真面目な質問はできず、私は聞くタイミングを完全に失ってしま

20. 新たな始まり

≪ 19. 泣く故郷 シンジパーティーの主催者。作曲家。 ハル(海/尊)|女風で出会った私のパートナー。 よく手入れされた街路樹の葉が落ちてきて、 乾いたコンクリートの上をカラカラと転がる。 雑踏の中で、かき消される音を探すのが好きだ。 私には聞こえているよ、と言いたくなる。 夜勤を終え、朝方の六本木で信号待ちしていた時だった。 人はまだ少ない。 数メートル先でゆっくり停車したタクシーが、 なんとなく気になった。 こういう時、不思議な勘が働くのは何故だろう。

19. 泣く故郷

尊は、自分からはほとんどキスをしなかった。 仕事で唇を酷使しているから常に痛いと言って、プライベートではあまりしてくれない。 尊のキスは、視界が揺らいで、とろけて、腰が粉々になってしまう。 愛されている、と勘違いさせるキス。 愛してくれる、と期待させるキス。 全身がゾワゾワとして声が抑えられない、眉間に皺が寄ってしまう、そんなキス。やらかく、優しくて、相手の体を啄む。トロトロになって、気持ちよくて、何も考えられなくなった。 相手のことが本当に好きだったら、身体中を愛

16. 人は人を捨てられないのに。

≪ 15. 午前4時、私たちの時間 ハル(海/尊)|女風で出会った私のパートナー。 シンジ|乱交パーティーの主催者。作曲家。 尊は靴を脱いで部屋に上がる。 玄関には仕事用の革靴がいくつかと、普段履きのスニーカーが出ていた。 2LDKの家の中は意外と物が多くて、少し散らかっている。 まさか家に来るとは考えていなかったから、彼の暮らしぶりを想像したことはなかったけれど、部屋は現実で溢れかえっていた。 家庭はないようだ。本当に。 『上品な部屋じゃなくてごめんね、そこの

15. 午前4時、私たちの時間

≪ 14. 私を見つけて。 ハル(海/尊)|女風で出会った私のパートナー。 シンジ|パーティーの主催者。作曲家。 かほちゃん|シンジのパートナー。職業女王様。 セナちゃん|ボーイッシュな赤髪の女の子。自傷癖あり。 シンジとかほちゃん、セナちゃんはよくパーティで一緒になったが、それ以外のメンバーは1度きりの人も多かった。 メンバーの1人がバルコニーから戻ってきたので、入れ違いで煙草を吸いに出る。普段は一切吸わないが、こういう時は吸うと気持ちが安らぐ。銀座の画廊にいた頃、オ

9. できるなら、都庁北展望台で。

私は尊と一緒にいた頃、よく占いに行っていた。 人は本当の意味で何かに迷っているとき、占いには行かない。 たぶん、そういう風にできている。 どうした方がいいか分かっていても、それでも後押しして欲しいときに行くのだ。 尊と一緒にいて幸せになるはずないのに、それでも後押しして欲しくて行くのだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私たちはよく、都庁北展望台で待ち合わせをした。 彼に会うために待ち合わせたのではなく、

8. 水の中の、非現実。

8/29、尊の仕事仲間の誕生日会兼納涼会に誘われた。 仕事終わり、時間に間に合いそうになく新橋でタクシーを拾う。 船乗り場につくと、すでに尊と仕事仲間がいた。 あちら側がの声をかけたであろう女性2人は、浴衣を着てめかし込んでいる。 私はと言えば、職場から着の身着の儘、大焦りで来たからなんだか気まずい。 尊がこちらに気づいて手を振る。 「あっ!葵!間に合ってよかった!」 私も友達を数人呼んでいた。 知り合いが屋台船を貸し切るので、暇だったら来ないか、と。 尊のことは何も

7. 真夏の夜の、重たい西瓜。

私たちはその日、新大久保駅前で待ち合わせた。 いや、新大久保駅前は昨今のKカルチャー流行も手伝ってひどい人混みだったから、正しくは道路を挟んだ向かいの薬局の前で落ち合った。 近くの劇場で尊の友人が所属しているという劇団の公演を観に行った。 私は美術にどっぷり浸かっていたが、劇団等の舞台芸術はあまり観たことがなかったので新鮮だったのを覚えている。最前列の席だったから、演者の迫力にドキドキした。 公演後、尊から『一緒に楽屋へ挨拶しに行かないか』と言われたが、自分がなんと紹介

6. 恋人じゃない、特別な人

尊はいつも、新宿駅東口のタクシー乗り場で私を拾った。 初めて車で迎えに来てくれた時は、彼の「特別」になれた気がして嬉しかったのを覚えている。 私がお金を払って「海」に会ったのは2回だけで、その後は尊が車で迎えに来るようになった。ご飯や美術館、舞台、もちろんホテルにも行った。 新宿駅前を車で走るのは新鮮だった。 何度も来ているのに知らない街に来たような、ふわふわした変な気持ちになる。 人が多くて、車と通行人の距離もかなり近い。 しかもなかなか進まないから、一人ひとりの顔

5. 宙ぶらりんの告白。

『蒼ちゃん、俺の本名、尊っていうんだ。』 私はその日、海の本当の名前を知った。 「そんなの、なんで私に言うんですか。」 距離を詰めるくせに後から責任を負えなくなるのなら、そんな優しさは要らない。 『蒼ちゃんのことが、大切だから。』 海、尊は私の目をまっすぐ見つめる。 瞳が勝手に揺れて、うまく海を捉えられない。 『蒼ちゃんは、違うのかな。』 「蒼じゃなくて、葵です。」 尊の指が私の首すじに触れる。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・