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26. 最後の確認



尊から離れると決めた日から、私は努めてたくさんの人に会った。

中学生以来会っていなかった友人、旅行先や留学先で知り合った友人、高校でお世話になった先生、趣味を通じて知り合った友人、学会で声をかけてくれた研究仲間。



そうやって、自分は社会とたくさんの接点があると実感すると、私の中の尊の存在は徐々にちっぽけになっていく。



そんなある日、高校の同級生に勧められて始めたマッチングアプリは、確実に私のターニングポイントになった。


尊の世界から離れるために、夢中になれる新しい出会いが欲しかった。

正直に言えば、尊との関係を誰か他の人との関係で上書きして、上手くいったら乗り換えようと思っていた。私はとにかく自分勝手で、出会う相手に失礼かどうかなんてどうでもよかった。




週に10人以上会ったりして、とにかく気を紛らわせた。

その中の一人が、今の夫だった。


尊とは、見た目も中身も正反対だった。
美大出身で物腰がやわらかく、柔らかい髪の毛に切長の目元、綺麗な横顔。


人見知りで不器用。
初対面の人との会話は全然ダメ。初めて会った時も、一目で緊張が伝わってきた。私から話さないと、ダメだった。

美しい心を持った両親の元で育ち、嘘や駆け引きからかけ離れ、見栄を張るなんてできない人。

尊に出会っていなかったら、私は多分この人の良さに気づかなかっただろう。


強さではなく、優しさで私を守ってくれる、夫はそういう人だ。



***


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この窓から見えるドコモタワーも、すっかり見慣れた。オレンジ色の光が白いベッドシーツの上で揺れている。


日曜の夕方、尊の部屋でセックスして、身支度を整える。

この後、3回目のデートの予定があった。


『お嬢さん、そんなにお洒落して、どちらへ?』尊に茶化される。

「これから人に会うから」
BOBBI BROWNのエクストラリップティントって、本当に最高だ。唇に血色が出て、むっちりした質感になる。


『男?』

「うん。恋人探し。最近マッチングアプリ始めたんだよね」

私は引き止めてもらえることをほんの少しだけ期待したけど、勿論そんなことは起きなかった。



『おー、いっておいで。どこ行くの』


尊が、必要以上に明るい声で言う。
いつもの声と違うことに気づいても、それを指摘してあげられるほど私は優しくない。

「こっから歩いて10分くらいの店。尊の家、立地いいから助かるわ」

私はそう言って、カルバンクラインのエターナルを空気中にひと吹きしてくぐる。



嫌だったら、自分で引き止めて欲しかった。

変な見栄なんて捨てて、嫌だと言って欲しかった。


これが私にとっての、最後の確認だった。



***

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尊のマンションを出て、歩いて数分の韓国料理屋に向かう。奥でお酒だけ飲める小部屋がある、しんみりとした良い店だ。


今の夫、じゅんと会うのは3回目のことだった。


彼はとにかく誠実で、悪い人に騙されそうなタイプとも言える。美大を出てデザイナーをしているから、絵も上手だったし話も合った。


『葵ちゃんは今何人の人とやりとりしてるの?』
潤はソジュ用グラスにお酒を注ぐ。

正直、同時進行で10人くらい会っていた。大体3人くらいに絞っていたけれど。

「そうですね…実はアプリ自体、先週始めたばかりなのであれなんですけど……3人くらい、良いかなと思っている人はいます」


答えがしどろもどろになってしまった。何人かとやりとりしてることを伝えるなんて、自分でも意地悪な女だとは思う。


潤はソジュを飲み干すと、

『今ここで、やりとりしてる男全員断ってほしい』と言った。はっきりと。



そして私には、強引にでもそう言ってくれる人が必要だった。

あの時の私には、特に。



『葵ちゃんを、誰かに取られたくない。
他の男に渡すなんて嫌だ。俺が大切にしたい』


まっすぐな瞳で、そう言い切った。
さっきまで緊張で口籠もっていたのに。


この人は恥ずかしがり屋で口数は少なかったけど、言うべき時に言える人だった。これも尊と真逆だ。尊は口達者で世渡り上手だけど、肝心なことははぐらかす。


私はずっと、誰かに独占されたかった。


私が尊との関係を包み隠さず話しても、潤は『嫌な記憶が気にならなくなるように、俺が守るよ』と言ってくれた。


そして、それは嘘じゃなかった。


だから、

もう、

私には尊が必要じゃなくなった。





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