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レコードを生活に落とし込んだらリズムが生まれた

今年の正月、実家へ帰省した際に父からレコードプレーヤーを譲り受けた。

以前からほしいほしいと言ってはいたのだが、それなりに大きいし繊細な機械な気がして持って帰るとまではいかなかった。ほしいと言っておきながら、困った娘である。
しかし今回は車で帰省したので積んで帰ることが可能ではあった。
それでも「本当に使うかな」「置くとこ作ってないし邪魔になるかも」という不安と、「(多趣味人間ゆえ)またこんな沼にハマりそうなものに手を出して大丈夫か…?」と言う若干の恐怖を抱え、優柔不断な態度をとっていた。

実家を出る前日の夜「やっぱり今回も持って帰らない」と父に伝えた。「おお、分かった」とすんなり受け入れてくれた父にちょっとばかり「ごめんね」と思った。ほしいと伝えた時の父は少し嬉しそうだったから。

翌朝、車に荷物を乗せたら想像以上にスペースに余裕があった。
あれ?ちょうどここにプレーヤーがかっちりハマりそうだぞ?そんなスペースがぽっかり。家の中に入ると父がプレーヤーを片づけ始めていた。
「え。使わないの?」と聞くと、「最近聴いてないし、お前がいらないならしばらく収納しとくよ。」とのこと。

こう言う時に私が言うセリフはもう決まっているのだ。
「持って帰る!!!!!」


そんなこんなで我が家にやってきたレコードプレーヤー。
今はDIYした私の作業台の上においている。ちょうどその棚にIKEAのスピーカーを置いていたのもあって、ここしかいい場所がなかったのである。ゆくゆくはちゃんとした置き場を作ってあげたい。

DIYの作業台がプレーヤーとレコードで埋まっちゃった
IKEAのスピーカー - ENEBY めちゃくちゃ使いやすい(見た目もすき)

「レコードを聴いています」
この一言だけでおしゃれな生活してそうに聞こえる不思議。自分で言いながらなんだか気恥ずかしくなってくる。「おしゃれ」って自分で言うとなんか途端にダサく見えるようになるのも、いったいなんなんだろう。



レコードをインテリアにしたくない。そう思って最近毎日のように聞いている。最初はA面とB面をひっくり返したり止まったらまたスタートを押して回したり、お世話しているようで楽しくもあったのだが、ずっとやっていると流石に飽きてくる。

「あ、もう止まった。」と言って立ち上がった時に、義務がチラッと顔を出した。私いま「やらなければ」と思ったかもしれない。そう言うものをとにかく排除したいこの頃。特に娯楽において「やらなければ」は欲しくないのだ。だったらもうスタートも押さないし、ひっくり返すこともない。つまり?インテリアやん。いやだー!!!

そう極端に捉えることなかれ。
私は編み出しました。楽しくレコードと生きる道。
それが「レコードタイマー」
レコードはちょうど片面20分前後。私にとって何かするのにメリハリのつけやすいちょうどいい時間だったりする。

・目覚ましやタイマーの音があまり好きではない
・音楽を聴きながら作業をするタイプ
・何か作業を始めるとダラダラと続けてしまう

そんな私にピッタリのレコードタイマー。
別にレコードじゃなくてもできるけど、否が応でも立ち上がってスタートボタンを押すだの面をひっくり返すだの「作業」が発生するレコードだからこそなのです。

レコードによって片面の時間も違うから、気持ち焦って終わらせようと努める自分がたいへん素直で愛おしい。早く終わらせたら少し曲を楽しむ時間にしてもいいよね。余裕を持って面をひっくり返し、また次の作業へ行く。
そうだ、生活のリズムだ。

音楽好きには信じられないお付き合いの仕方かもしれないけれど、私は全てのものを生活に落とし込みたい。軽やかに、愉快に。

今日のnoteはJohn lennonの『imagine』のA面と共に書き上げました。

[おまけ]

レコードは編集的観点からみてもとても面白い


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