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雨上がりの虹

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①日常は異常の始まり

「金星ってこんな感じなのかな。」
ぽつりとラインハルトは言った。

「金星にも雨は降るのか?」
やや義務的にフィリップは問い返した。

「現実世界の金星のことは知らない。レイ・ブラッドベリの小説の話だよ。」

「刺青の男だっけか。お前がよく読んでる本のタイトル。」

「そう。その中にある長雨っていう短編が金星の話なんだ。どうも、ブラッドベリの世界では金星はずっと雨が降る星ということになってるらしい

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②渡る世間は気の持ちよう

天気予報は必ずしも正確ではない。戦争でもあった日には的中率は大きく下がるのが普通だ。

X市の天気予報は今となっては世界で1番正確である。それは最早予報ですらなかった。自明。あまりにも自明。昨日の天気は雨であり、今日の天気は雨である。明日の天気も雨だろう。

雨量は少ないとはいえ、2年間雨が降り止まないとなると今頃X市は大洪水になっているはずだし、気温も相当下がっていないとおかしいのだが、そうはな

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③気の持ちようなど持ち合わせていない

ラインハルトとフィリップはアメリカ人であった。自慢の金髪は湿気にやられてぺたんこになっている。気の持ちようだなんていう気の持ち方は彼らにはない。嫌なものは嫌である。

人間側が環境に合わせて自分の精神をチューニングし、受け入れてしまおうという考えは土台として精神治療的な手法であり、しかもその手法自体にある種のパラノイアが潜んではいないだろうか。気の持ちようを変えても、雨は変わらず降るのであり、問題

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④太陽ドーム

その頃、X市は野球が盛んであった。プロの野球に必要なのはボールパークで、X市の野球場は太陽ドームという名前であった。立派な球場で、X市ばかりか、日本を代表する名球場として世界にまで名を轟かせたものである。

X市の野球人気がピークに達した頃、野球の世界大会が日本で開催されることが決まった。当然、太陽ドームは開催地の最右翼である。大会の形式としては、予選リーグありの本戦がトーナメント制で、準々決勝、

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⑤期待をしなけりゃ良かったのだろうか

綾人は憂鬱であった。メランコリーの妙薬は何かないのだろうか。気の持ちよう、気の持ちよう、気の持ちよう、はぁ。パラノイア的な生活をあといつまで続けるのだろう。仕事は上手くいっていない。彼女とは別れていないが仲は冷めている。全てがそんな調子で停滞していて、でも日常を送るのに不都合はない。明日は同様にやってくるのである。不可解なことだ。停滞した日常の繰り返しは不条理で異常であるからこそ、気の持ちようで何

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⑥雨上がりの虹

世界は確かに不条理だ。しかし、世界にとっての不条理は俺なんだ。フィリップはそう思っている。二死一二塁。あの時と同じだ。しかし、タローは監督で、バッターは俺。

ソラリスが負けるのがX市の道理だろう。だが、俺の打球がその道理をぶち破る。停滞した日常に風穴を空けるのだ。

1球目。高めに外れてボール。2球目。これも外れてボール。3球目、緩いカーブを落とすことが出来ずこれまたボール。

フィリップは内心

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